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TRANSIT CINEMA REVIEW vol.01 <東ドイツ>

東ベルリンから来た女

Info | 2013.01.04

『グッバイ、レーニン!』や『善き人のためのソナタ』など東ドイツを舞台にした映画を観るたびに、描かれている内容はもちろんなのだが、それらがたかだか20、30年ほど前の設定であるという事実に愕然としてしまう。壁を壊して狂喜乱舞する人々の映像は、記憶としてたしかに残っている。しかしあの狂喜乱舞が一体何を意味するのか、それなりに理解したのは大人になってからだ。なかでも、その意味を最も生々しく教えてくれたのが映画だった。『東ベルリンから来た女』は、紛れもなくそんな映画のひとつといえる。

邦題の通り、その女は東ベルリンからやって来た。名前はバルバラ。ブロンドの髪、手足の長い今にも折れそうな体つき。着飾って街を歩いたら、誰もが振り向くような美女だが、にこりともしない鋭い眼差しと、絶えず何かに苛ついているように、あるいは怯えているようにタバコを吸い続けるたたずまいは、まさにベルリンの壁のごとく、近寄る者をはねつけてしまいそうな威圧感がある。

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ほどなく彼女は医者であることがわかる。しかもなかなか優秀な医者のようだ。それなのになぜ、こんな片田舎の病院に赴任してきたのか。それは西ドイツへの移住申請が政府に却下された挙句、左遷されてしまったからだ。

想像してみてほしい。誰ひとり頼る者のいない土地に放り出され、大家や職場の人間に行動を監視され、シュタージ(秘密警察)がいきなり家宅捜索にやってくる日々を。しかもそのたびに、女性職員から屈辱的な身体検査を受けるのだ。彼女の顔から笑顔が消えるのも無理はない。

ただし笑顔を見せないのは、強い意志の現れでもある。"敵"の前で強張っている表情が緩むのは、彼女を慕う子どもの患者を前にしたときと、西側に暮らす恋人と密会するときのみ。バルバラは恋人の手引きで、着々と脱出準備を進めていた。逃走資金を人里離れた岩陰に隠すとき、その場所にはいつも強風が吹いている。風に煽られながら細い体で大地に踏ん張る姿は、彼女の意志そのもののようにも見える。

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しかし、ベルリンの壁のように強固に見えたバルバラの意志は、徐々に変化を見せ始める。彼女の心を動かすのは、自由を奪われた国で現実を受け入れ、良心に従って誠実に生きようとする医師アンドレの姿だった。全編を通して考えさせられるのは、自由とは何かということだ。自由に生きる権利を踏みにじられながらも、医師としてのプライドを保ち続けるバルバラはもちろん、自分の価値基準で生きると決めたアンドレや、「東に住んでも構わない」と言ってのける西の恋人、矯正収容施設から逃げ出してきた患者など、誰もが自由を望んでいるけれども、何を自由と思うかは人それぞれだ。

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出演者やスタッフは、西側で生まれ育った人、東の教育を叩きこまれた人、西への脱出を図った人などが入り交じっている。現代のドイツで作ったのだから当然といえば当然なのだが、そのことが非常に興味深い。現に、東ドイツから逃亡した両親を持つ監督は、東ドイツで生まれ育ったアンドレ役の俳優のことを、「怖かった」と告白している。それくらいナーバスなテーマに挑んだ監督の勇気に拍手を送るとともに、こうした映画を生み出すドイツはやっぱり"強い国"なのだなあと思わずにはいられない。

それにしてもバルバラを演じたニーナ・ホスの感情を抑えた演技は、実にクールで力強かった。彼女の存在を知ることができるだけでも、この映画を観る価値は十分にあると思う。

文=兵藤育子



『東ベルリンから来た女』 原題:Barbara


オフィシャルサイト  http://www.barbara.jp
2013年1月19日(土)よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショー


監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト、ライナー・ボック

2012年/ドイツ/ビスタサイズ/デジタル5.1ch/105分/協力:東京ドイツ文化センター
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
©SCHRAMM FILM / ZDF / ARTE 2012