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作家と行く星野リゾート ロテルド比叡
平松洋子さんと旅した比叡

Info | 2017.05.30

本誌で連載中の、作家と日本の宿を巡る旅行記。
今回の目的地は、京都府京都市と滋賀県大津市の県境に位置し、現代的なフレンチが味わえるオーベルジュ「星野リゾート ロテルド比叡」です。
世界中の食べ物を味わい、細やかな表現で各地の食文化を描写する名エッセイスト、平松洋子さんをお誘いしました。
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"泊まれるレストラン""であるオーベルジュは、その土地ならではの食材や料理を味わえるのが魅力。近江地方には、琵琶湖や比叡山の深い自然に由来する独特の食文化があるため、さらに期待が高まります。

実は平松さんと彼の地には、思い出深いエピソードがありました。といっても、そのことを私たちが知るのは取材が始まってからなのですが......。

日本海側に大雪警報も流れ出した1月半ば。平松さんとともに比叡の恵みを訪ね歩いた二泊三日の旅の裏側を、少しだけご紹介します。

京都駅からおよそ25分電車に揺られ、浜大津駅で下車。まずは琵琶湖を知るところから始めましょうと、平松さんとともに遊覧船「ミシガンクルーズ」へ乗り込みます。

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出航の鐘を鳴らす平松さん。

1982年に就航したミシガンクルーズ。当時の面影を残した絨毯やシャンデリアに椅子など、船内のレトロな味わいがなんともいえません。400万年前からあるという"古代湖"の歴史に耳を傾けながら、キラキラと輝く湖面を眺める時間はとても穏やか。桜や紅葉の季節は大にぎわいなのだそう。四季折々の琵琶湖の美しさを、湖の中から眺めるというのも趣がありますよね。

1時間半の船旅を終えた後は、路面電車が走る大津の古い街並みを通りつつ、比叡山の山腹に佇むロテルド比叡を目指します。

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上/ロテルド比叡のエントランスロビー 中/レストラン 下/客室

比叡山は、天台宗の祖・最澄が開いた延暦寺で知られますが、お茶やゆばが生まれた地でもあります。そして、琵琶湖を有する近江一帯が、湖魚や発酵といった独特の食文化をもっています。そのためこのオーベルジュでは近江・比叡の食文化にまつわる体験プログラムが充実しており、「発酵ガストロノミー」と題して、近江の発酵文化が作った食----例えば鮒ずしに近江茶やチーズ、ワインなどを、テイスティングしながら学ぶことができるのです。

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講義を受ける平松さん

プログラムが終了したら、いよいよこの旅一番の目的であるディナーの時間です。
近江で最も有名な発酵食「鮒ずし」は、ロテルド比叡の看板メニューでもあります。しかし、日本最古のなれ鮨ともいわれるほど歴史の深い鮒ずしと、フレンチがどう共存するのか? さらに平松さん以外の取材クルーは「鮒ずし」初体験。納豆やヨーグルトなど発酵食品は大好きだけど、苦手な人もいると聞くし......、期待と不安が高まります。

運ばれてきたのは「フロマージュブラン・貴腐ワインのジュレ 繊細な鮒鮓のアルモニー」。
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ジュレの中に閉じ込められた鮒ずしのキラキラと輝く美しさに見惚れること数秒。そして口に入れた瞬間、「・・・!」。
平松さんは本誌にて「電流がビーンと走って、感電したみたいにじいんとして、脳が覚醒して、止めなきゃと思うのに止まらない......」と表現されていましたが、まさにその通り。発酵の酸味と塩辛さ、そしてフロマージュブランが舌のうえで複雑に溶け合い、食した者をしばし思考停止にさせます。そして、これが一番重要なことですが、とても、美味しいのです。
言葉を失う食事など、今まで経験したことはありません。なんて危険な味。たった一度、それも一切れで、私たちは鮒ずしの虜となってしまいました。

鮒ずしの衝撃もそこそこに、次々と供される近江の野菜や湖魚を使ったお料理や、鹿や熊といったこの季節にしか味わえないジビエ。それぞれにぴったりのワインがペアリングされてもてなされる宴。奥ゆかしいのに現代的な美食と美酒にほろ酔いとなって、夜は更けていきました。


昨夜の興奮冷めやらぬ2日目の朝、朝食に新鮮な近江野菜をたっぷりいただきます。
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そして、車を北西に走らせて高島市へ。道中、「滋賀の宮島」ともいわれる白鬚神社にお参りしました。
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目指すは創業1619年、鮒ずしの老舗中の老舗「総本家 喜多品老舗」さんです。昨日「ロテルド比叡」で頂いた鮒ずしは、実はこの喜多品老舗が作っているものでした。琵琶湖のニゴロブナを、二年塩漬け、そしてさらに一年飯漬けにしたものを全て手作業で行なっているこちらの鮒ずし。これならば、苦手な人でも食べられると評判の名店です。
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実は平松さん、9年前にも喜多品老舗を取材していたことがありました。その時のご当主は十七代目。400年培われてきた伝統と技術、味に平松さんは大変感銘を受け、当時もエッセイに記されています。ところがその後、経済状況やニゴロブナの減少などを理由に喜多品老舗は惜しまれながらも一度伝統を畳まざるを得なくなります。平松さんは新聞記事でそのことを知り、ずっと気にかけていた、そしてまた、長女である真里子さんも、平松さんに申し訳ない気持ちでいたと語ってくれたのです。

しかし幸運にも、近江の大切な食文化を絶やしてはいけないと再建を後押ししてくれる企業が現れたことで、喜多品の再開が決定。2013年、真里子さんが18代目として当主を継いだのでした。お互いにお互いを気にしつつ、偶然の再会を手を取り合って喜んだお二人の様子は、見ていて本当に胸が熱くなるものでした。

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現在の鮒ずしを試食してすぐ、平松さんが「味が変わった」と呟きます。それはもちろん、9年前の味と比べてのこと。忘れずにいたからこその言葉です。その時の平松さんのお気持ちは、ぜひ本誌TRANSIT36号をお読みください。

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地元の魚河岸店に立ち寄って店に並ぶ湖魚の豊富さに驚きつつ、今朝来た道を戻り、比叡山の守り神である日吉大社へお参りに。日本最長の坂本ケーブルで比叡山へ向かいます。
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終点である頂上から、琵琶湖が一望できました。

2日目のディナーも滋賀の食材をたっぷりと、そしてもう一品、平松さんたってのリクエストで、昨日とはまた別の「鮒ずし×フレンチ」を堪能したのでした。クラッカーの上に乗った、フォアグラのような鮒ずし。これもまた絶品。
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甘露漬け鮒鮓とフォアグラノテリーヌ スッポンコンソメ 鮒鮓のアンフィゼ

最終日の早朝、ロテルド比叡の宿泊者だけが体験できる、延暦寺総本堂の国宝根本中堂にてお勤め体験に参加しました。まだ暗い時間のひんやりした空気と、お堂に響き渡るお経、絶やされたことのない灯の話に耳を傾け、身も心も引き締まります。
さらに、少し比叡山を下ったところにある無動寺明王堂にて大阿闍梨さまの御護摩も体験。一般の参拝客の方々とすれ違うたびに、比叡という山が信仰そのものであるということがわかります。たとえ普段は信仰を持たなくとも、少しだけお邪魔して共に祈りを唱える時間は、旅人ならではの貴重な体験だと思います。

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季節は巡り、気づけば夏はもうすぐそこ。比叡はまた別の顔を見せてくれるでしょう。もちろん、夏の比叡の食の世界にも。
平松さん曰く、「比叡は人間を引き込みます」。
ぜひ、比叡の祈りと食の旅、皆さんにも体験していただきたいです。

撮影/安彦幸枝


星野リゾート ロテルド比叡 
 場所:京都府京都市左京区比叡山一本杉
 お問い合わせ:0570-073-022(星野リゾート予約センター)
平松洋子
エッセイスト。1958年倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。『ひさしぶりの海苔弁』(文春文庫)、『彼女の家出』(文化出版局)、『食べる私』(文藝春秋)他、著書多数。