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台湾小旅行〜願いに翼をつけてVol.1

Info | 2018.11.06

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新北市主催のプレスツアーで訪れたのは、まだ夏の気配濃厚な中秋節の台湾。不勉強ゆえ、初めて耳にするシンペーシ(新北市)を地図で確認すると、台北をドーナツ状に飲み込むかなり広いエリアだった。ジブリ映画『千と千尋の神隠し』のモデルとなった街として人気の九份をはじめ、台北からちょっと足を延ばした近郊の見所は、ほぼ新北市に含まれている。今回は、十五夜の夜空にランタンを飛ばす平渓天燈節(スカイランタンフェスティバル)や、滝や老街、海辺の温泉など、新北市の見所を、3日間で巡る。

掲載号:未掲載 撮影・文=山西崇文
ルート:台湾

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豆腐屋さんレベルの早起きをして羽田へ向かい、空の上で一眠りしたかしないかのうちにもう台湾。お昼前には見知らぬ街をぶらついて屋台のB級グルメをパクつく。一昔前、「昼飯にチャーハン食いに台湾行かない?」なんて冗談があったような気がするけど、あ、あれは香港だっけ? まぁそんな軽口叩けるような気軽さがこの国の親近感の源なんだろう。機内を出た途端に纏わりつくねっとりした熱気にニヤつきながら、お出迎えの群れに自分の名前を探した。
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今回、日本からは僕を入れて3人。台湾側からは、ライさんをはじめとする6名。ワイワイと総勢9人で車に乗り込み、早速向かったのは車で1時間ほどの淡水という河口の街。台湾八景の一つにも数えられる風光明媚な街だときいていたが、到着すると、ご当地グルメの人気店が軒を連ねる大通りの喧騒と活気が、どっと押し寄せてきた。
阿給(春雨入り油揚げ)、魚丸(魚のすり身団子)、魚酥(魚スナック)、古早味現烤蛋糕(昔ながらの焼きたてケーキ)、阿婆鉄蛋(乾燥味付け卵)など、楽しく目移りしながら、まずは気ままに散策。
ある店先では、94歳だというお婆ちゃんと日本語で軽い世間話。まだまだ現役、あと6年で100歳達成とは思えない若々しさだ。

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グルメをつまみながら小道へと入っていくと、喧騒がぐっと遠のき、街の表情ががらりと変わった。この辺りは重建街と呼ばれ、200年もの歴史をその静けさの中に刻んでいる。大きなお寺や古い教会、大胆なグラフィティの階段、再築中の日本統治時代の建物、古民家リノベーションの洒落た店も入り乱れ、通り過ぎていった時代が良き記憶として街のあちこちに留まっている。

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♪〜阮若打開心內的門,就會看見五彩的春光〜


ガイドの男性が一節歌った歌は、1960年代のヒットソング「阮若打開心內的門窗」(もし、私の心の扉を開いたら)。
我々が立つこの道は「戀愛巷(恋愛小道)」と呼ばれ、王昶雄という有名な作家の恋愛物語に由来する場所なんだとか。王氏は、父親の影響で歯科医を目指しながらも、大好きだった文学の道にも励んだという。そして後年、名を成した王氏が作詞をした曲が、今でもみんなが口ずさむほどにヒットした。
その詞は4番まであり、歌い出しの「私が、もし心の中の扉を開いたら〜」に続き、
--綺麗に輝く春の光が見えてくるだろう。
--親愛なるあの人が見えてくるだろう。
--故郷の田園が見えてくるだろう。
--青春という夢が見えてくるだろう。
と、それぞれ続く。

失くしてしまったもの、見失ってしまったものを取り戻したい、そして前に進んでゆきたい、そんな思いが込められている。 
1950〜60年代の台湾は、地方の農民が大量に都市に移り住み始めた時代。都市化に伴う問題はどの国でも同じで、人間らしさを差し出すようにして経済的成功を求め、結果、疲弊した暮らしや希薄な人間関係が姿を現わす。いつの間にか不寛容という魔物が時代を覆ってしまう。人ごとにも、遠い過去の話にも思えないほどに、今の我々や時代とシンクロする。自分から心を開いて、真に人生に必要なものを取り戻そう、そんな願いが優しいメロディに込められている。(ネット上にたくさんアップされているので興味ある人はぜひ聴いてみてください。)
細い裏路地に刻まれた人々の思い、それが歴史を紡いでいる。その一端を知るだけでも景色は違う色を放ち始める。
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風光明媚な淡水がもっとも映えるのは、なんといっても夕暮れ時。絶景を求めて、漁人碼頭のランドマーク「情人(恋人)橋」へと向う。ここもまた喧騒に包まれてなんとも賑やか。大勢の楽しげな声が橋を包み、それを夜の帳が徐々に飲み込んで、まさにクライマックス!

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サンフランシスコの吊り橋をモチーフにしたというこの橋は、ロマンチックにライトアップされ、優雅な姿を黄昏の空に浮かび上がらせていた。とはいえ、当然ながらこの橋から夕陽を眺めていては、美しい橋の全貌を楽しむことは出来ない。
絶景ポイントが複数存在する名所とは、なんとも悩ましい。夕暮れ時という一日のハイライトをどこで過ごすか、それはいつも大問題だが、解決方法はただひとつ。そう、もう一度やって来ること。大自然と人間の営みが形造ってきた歴史とが溶け合う淡水は、来るたびに異なる表情を見せてくれるはずだ。
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さぁ、夜の帳が降りてしまえば、お楽しみはただ一つ。永和区に場所を移し、永和楽華夜市へと突入だ。いや、突撃というべきか。車でやって来たが、電車ならMRT「頂渓」駅から歩いて15分ほど。
入り口のゲートをくぐると、奥が深そうないかにもワクワクする景色が広がっている。何処に目をやっていいやら、「一軒ももらさず見てやろう!」そんな気負いが体に充満して、自分でも可笑しいほどだ。
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けれど、ライさんはささっと裏道へ。いきなりのツウな案内に意表を突かれるが、そこには夜市の喧騒などどこ吹く風の牛肉スープ屋がポツンと灯りをともしていた。これも夜市なのかなと、戸惑いつつ席に着くと、50歳のときに思い切ってこの店を始めたという老齢のご主人が、自慢の牛肉汁をよそってくれた。
巷に溢れる過剰な味に慣れてしまった舌には、一口目のインパクトは極薄だけれど、ひと口ごとに深い味わいが増す、地味ながら滋味溢れるニクいヤツ!スープは無添加、牛肉はニュージーランドで買い付けたというこだわりよう。夜市散歩は、ナイスな裏路地グルメで好発進。
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名刺代わりの一杯を楽しんで、再びメインの通りへと繰り出すと、目に飛び込んできたのは屋台の美味そうなB級グルメ、ではなく、頭に何かを乗っけたおじさん。ふざけてるのかと思いきや、これもれっきとした風習なんだと。頭の上の正体は、中秋節の風物詩の柚子。日本人的には、「え、それを柚子と呼ぶの?」というビックサイズだが、それを被るのは特に意味があるわけじゃなく、ただ楽しいからやってるんだと。そう説明してくれたギョクリンさんが見せてくれた写メには、柚子の皮のドレスを纏った小さな子どもが写っていた。う〜ん、風習なのに意味が無いとは、侮れない深さだ。旅人的には、つい何にでも意味を求めちゃうんだけどね。

喧騒の夜市を歩きながらも、僕はまったく別の夜市を歩いていた。記憶の奥の夜市とでもいおうか......。
実は台湾は2度目。1度目はもう28年も昔の話だ。まだ日本がバブルの崖っぷちで踊っていた時代。当時勤めていたちっぽけな会社も景気が良かったのか、100人もの社員を引き連れての海外旅行とは、なんとも浮かれた時代だった。
他愛もない若き日の思い出。その当時の夜市の喧噪やキラメキや浮かれた気分は今でも鮮烈に思い出せる。ノスタルジックな情景の中で気分良くセンチメンタルに溺れ、どうしたって当時の幻影をこの夜市に探してしまう。しかし、何かが足りないように感じていた。それがある種の"怪しさ"だと気付くのにそう時間は必要なかった。

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当時の夜市には、それが溢れていた。むせ返るほどにね。生き血を吸うための大蛇、客寄せのオランウータン、それを棒で殴るおっさん、エッチなピンクネオン、吐き捨てられた檳榔、真っ赤なアスファルト、饐えた匂い、漂う八角の香り......。
まぁ時の流れといってしまえばそれまでだし、国際的同調圧力に屈した国際的基準への単なる模範的準拠なのかもしれない。そんな皮肉な感傷を、強烈な臭気が不意の平手打ち。むちゃくちゃ臭い汁にヒタヒタと浸った豆腐。それで頬をピタピタと愛撫されるような気分。「どうだ、怪しいだろうこの匂い!」そんな挑発を全身に浴びたような気分だ。
我にかえると、テーブルの上にいくつもの臭豆腐が載っていた。おお〜、お前がいたのか!どんな反応かをいかにも待ちわびるライさんはじめ台湾勢の表情。夜市でも相当人気なんだろう、それが証拠に何軒もの屋台に出くわす。けど実は、この手のものは大の苦手。成り行き上一口食べるが、やっぱりギブアップ、クセが強い!でも台湾の頑固さを喰らったようで、ちょっぴり嬉しくもなる。

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今も昔も変わらないのは子どもたち。温泉街のような懐かしい遊具に夢中だ。スマートボール的なやつね。大人になった彼らが子どもの頃を思い出すとき、必ず夜市の情景が鮮烈に甦るはずだ。それはなんか羨ましいな。家族に連れられて歩いた賑わう夜市の記憶、それこそが台湾の人びとにとって不滅の宝物なんだろう。
最後は、流行りだというピーナツかき氷で締めて夜市を後にした。

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