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日常と非日常のあわいに
(三重県・賢島旅)-後編-

Info | 2019.02.06

※「日常と非日常のあわいに(三重県・賢島旅)前編」はこちら


昨晩の夕食の感動を忘れ得ぬまま、すがすがしい朝をむかえた。

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ここは日本でも有数のリアス海岸。大小の島々が浮かぶ穏やかな内海を漁船が走ると、水面にはレースを広げたような水紋が現れる。
部屋の窓から眺める夕日も美しかったが、朝の情景もなかなかのもので、陽光を受け煌めきながら変化するさざ波は見ていて飽きない。

2-2.jpgスタンダードなお部屋にも置かれている真珠タンパク質の高い美容効果を配合したミキモト・コスメティックス。上質なアメニティは、旅行中の気分を上げてくれる。

今日は何をしようと思案し、志摩観光ホテル、ひいては伊勢志摩地域の食文化をもう少し追ってみることにした。
昨夜のディナーを作ってくれたのは総料理長・樋口宏江(ひぐち・ひろえ)さん。
ここでの食を語るに、まず彼女の言葉は欠かせない。志摩観光ホテルの顔とも呼べるレストランを任される多忙な彼女に、有難くも直にお話を伺う機会を得た。


2-3.jpg総料理長である樋口シェフ。「伝統あるホテルの味」を有するからこそ、時代の「今」を取り入れ続けるのは難しいはず。それでも彼女は、伝統を日々深掘りし、そこから新たな魅せ方をダイナミックに生み出し続けている。

ー料理の道を志したきっかけはなんですか?

母が専業主婦で毎日食事やおやつを作ってくれていました。幼かった私もそんな母の手伝いを通して、料理の楽しさを知ったように思います。小学校の高学年頃には、「料理を作る」ことを仕事にしたいなと考えていました。

ー初めてホテルを訪れる人に味わって貰いたいひと皿は?

季節によってお勧めは色々あるのですが、当ホテルが初めてならば〝定番〟と呼ばれるものはやはり一度食べて頂きたいです。例えば、「伊勢海老クリームスープ」や「鮑ステーキ」など。

―伝統あるホテルのお料理を担うにあたって、哲学やこだわりはありますか?

先に挙げたような「看板料理」があるというのはとても幸せなことですが、同時に難しくもあります。
新作を出すより、同じものを出し続けるほうが難しいと思うんです。
食材の質や量は季節や年で変化しますし、何より、たとえ同じレシピを使っても10人の料理人が自由に作れば、ちょっとしたコツや手順の差異によって10人それぞれの味が生まれてしまう。そんな中で、どんな時も同じ品質・調理法を保ち続けること、料理に込められた先代からの思いを継承し続けることにはこだわりがありますし、シェフとしての責任を感じています。

―志摩観光ホテルにはザ クラシックにある「ラ・メール ザ クラシック」と、ザ ベイスイートにある「ラ・メール」の二つのレストランがあります。それぞれで提供するお料理について意識されている違いは何ですか?

「ラ・メール ザ クラシック」では、伝統をつなぐこと。先代の頃からほぼ変わらぬ「志摩観光ホテルの味」を提供し続けています。一方の「ラ・メール」においては、季節食材を挑戦的に取り入れたり、盛り付けを柔軟に変えてみたりと常に進化させることを考えています。どちらについても、地元の食材や季節感は大切にしていきたいですね。

―昨晩頂いたお料理にも、この土地ならではの海の幸や山の幸がふんだんに使われているのがわかりました。

そうですね。2016年の伊勢志摩サミット以降、地元の生産者の方々との繋がりがより広がりました。
ホテル側が一方的に注文するだけでなく、食材と料理との相互コミュニケーションが生まれていると感じます。
地元の方々のお話を聞いて郷土料理のエッセンスを加えたり、一緒に良い素材を探したり...。ホテルの料理を、生産者の方が実際に食べに来てくださったり。一カ月に一度、食材生産者の方をゲストに招いたランチイベントも開催しているんですよ。
生産者の皆さんと我々ホテルスタッフ、そしてお客様、それぞれを繋げるような試みを、これからも増やしていきたいです。


実直で控えめな話しぶりと柔らかな物腰の奥に、強い芯を感じさせる素敵なお人柄の樋口シェフ。
いつまでも話していたかったものの、お話を介して教えて頂いた「食材たちの生まれる現場」を実際に見てみたくなった私は、ホテルのアクティビティ・プランにもある「英虞湾クルーズ」に参加することに。

2-4.jpg敷地内にある海への階段を下ると、そこはホテルの専用桟橋。そして目の前には淡いブルーグレーの海。夏には海からカニが登ってくることもあるそうだ。

2-5.jpg穏やかな英虞湾を軽やかに進み、優美な景観と風を感じるクルージング。ホテルには多彩なアクティビティが用意されており、こちらもそのひとつとして宿泊者のみが利用可能。コンパクトな船体ならではの機動性で、島々の近くを通り抜けていくのは冒険心をくすぐられる。

低く響く船のエンジン音、頭上からかすかに聞こえる鳥の声、静かにゆらめく水面。
この時期、真珠、あおさのり、カキの養殖いかだやビン玉(浮き玉)が大小の島々の間に浮かび、英虞湾ならではの景色を描き出している。

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「コンパクトな船だからこそ楽しめる航路を、漁師さんの意見を聞きながら決めたんです」
船長としてクルーズ船を操りながら解説してくれるのは、英虞湾を知り尽くした地元の方。「複雑な地形とプランクトンの多さで、水揚げされる魚の種類も豊富なんやわ」

単なる観光船ではなく、こうして地元の方と実際に接し、直接質問したり出来るのも、このクルーズの醍醐味といえよう。

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周囲約7.3kmの賢島をぐるりと巡った約1時間の船の道中、この辺りの食卓で馴染深い魚介類として名の挙がった「鮑」や「桧扇貝」、「紋甲イカ」が気になった。

下船後、ホテルスタッフの方に、実際にそれらを見ることの出来る場所を尋ねてみると、それならばと教えて貰ったのが、ホテルから車で40分ほどの場所にある海女小屋体験施設。そこでは本物の海女さんから海女漁の話を聞きつつ海の幸を頂けるのだとか。
2017年には国の重要無形民俗文化財にも指定された「鳥羽・志摩の海女漁の技術」、ぜひ直々にお話したい!

名残惜しさを胸に、志摩観光ホテルスタッフの皆さんに別れを告げ、海女小屋<さとうみ庵>へと足を向けた。

2-10.jpg海女小屋とは、海女さんが漁で疲れた体を休めたり、火を焚いて体を温める小屋のこと。
さとうみ庵では、本来の海女小屋を模した建物で、現役や現役を退いた海女さんから彼女達の漁や海の話を聞きながら、伊勢志摩の海で獲れた新鮮な魚介類を堪能出来る。

風情ある木造の小屋の戸をくぐると、炭火で焼かれた魚介の香ばしい匂いと共に、朗らかな海女さんの笑顔に出迎えられた。
囲炉裏端で向き合い、海女さんが手際よく焼いてくれる貝類を楽しみに待ちながら、海女を始めたきっかけから、海女の苦労話、鮑の採り方に到るまで、ざっくばらんな会話を楽しむ。

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2-13.jpg焼きあがる二枚貝から香り立つ芳ばしさ。その時々の旬なものが4~5種類頂ける。熱々のうちに食べると、海水のほんのりした塩味が口中に広がる。

身体ひとつと簡易な道具のみで行う海女漁。
資源を守るため、それぞれの漁場を決めたり、獲ってもよい貝類のサイズを決めたりしながら、互いにルールを守って協力し合って続けてきたそうだ。人と自然とが共存している文化なのだ、と教えて貰った。

2-14.jpg今回お相手をして下さった彼女、実は真珠加工業出身。なんと50歳から海女さんに転身したのだとか。丁寧な貝の処理、豊富な経験が土台となった楽し過ぎるトークには感銘を受けました!

楽しく美味しいひとときが過ぎ、<さとうみ庵>をあとにする。
駐車場から車を出すと、バックミラーには大きくこちらに手を振ってくれる海女さん達が映っていた。

さて、いよいよ旅も終盤戦。最後にどうしても立ち寄りたい場所があった。
それは、さとうみ庵から少し先へ行った土地、波切(なきり)の岬端に燻し小屋を構える<かつおの天ぱく>。

昨晩のディナーにも使われていた鰹だしは、この天ぱくさんのものなのだとか。先の樋口シェフとのお話の最中も、こちらの鰹節の素晴らしさが挙がっていた。これは訪れない訳にはいかない。

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2-16.jpg昔ながらの手びやま製法で、いぶしがつお「波切節」を作り続けている鰹節店。ヨーロッパの有名シェフがわざわざ見学に来たりもするこの場所には、伝統の技が息づいている。

四代目社長にあたるご主人は、志摩の鰹節文化を盛り上げるため奮闘している一人。
高い技術と伝統を有しながらも地元以外では知られていない「波切の鰹節」の魅力をより広めようと、彼が始めたのが、燻し小屋見学者へのおもてなしだった。ユーモア溢れる語り口で、記録に残らぬほど長い鰹節の歴史を分かりやすく解説してくれた後、ひとつひとつの工程を追いながら実際の現場を見せてくれる。

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天ぱくさんが継承しているのは、鰹の身質・大きさといった個体ごとの特性を見極めた上で火加減しつつ燻す製法。燻すのに使われる薪は、伊勢志摩の里山で出た間伐材。同社が間伐材を買い取ることで、山の循環を守り、ひいては海の豊かさを守っている。
燻したあとには、かびづけや天日干し、熟成といった工程を半年もかけて行うことで、最後に風味高い最高の鰹節が完成する。

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時折笑いを交えながらの説明の締めに、ご主人自ら振舞ってくれたのが、炊きたて・削りたてのおかか飯。
湯気の立つ土鍋には輝く炊きたて白ご飯、その上に目の前で削ってくれた鰹節をたっぷり乗せ、伊勢醤油をとろりと垂らした一杯...が美味しくない訳がなく、その場にいた全員が余計な言葉を発する間も無く一心不乱に頬張ったのだった。

2-21.jpg旅のお土産に最適な鰹節たち。削り方の異なる幾種もの鰹節から、手軽な「だしパック」まで充実の品揃えと、センス良いパッケージが嬉しい。

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たくさんのお土産を抱えて燻し小屋を出ると、目の前には、昨日と同じ綺麗な夕陽射す海原があった。
志摩観光ホテルスタッフの細やかな気配り、海女さん達の豪快でさっぱりした笑顔、天ぱく社長の前向きな行動力。旅の間の楽しい気分の奥に、しっかり残ったもの。

旅先で出会うものは、必ずしも高級でなくて良いと思っていた。
その考えは変わらないものの、一流と呼ばれるものに息づく質の高いホスピタリティには、もてなされる側の心を豊かに解きほぐしてくれる力が確かにあるのだと改めて知った。

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入り組んだ海岸線。海と空の境界が黄昏に混ざり合い、真珠いかだの合間に溶けている。
広い窓からの景色は、季節変わればまた新たな表情を見せてくれるのだろう。

風をきって日常へと駆け戻る夜の列車内、窓に映る表情が随分柔らかなことに気がついた。
目的に向かって直進するは良し。その一方で、慌ただしい日々の合間に敢えて佇んでみることもまた、味わい深い選択肢なのかも。


■煎茶道体験
記事中で詳細まで紹介しきれなかったのだが、志摩観光ホテルではこちらのアクティビティにも参加した。

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煎茶道の家元が導いてくれるお点前の世界。煎茶や玉露の繊細な甘みと香り、美しい道具たちが心に残る。
食をテーマに動いた2日目、疲れを感じることもなく終日動き回れたのは、朝一番に嗜んだこちらのお茶の効果だろうか。開催日に限りはあるものの、運良く宿泊日と合うようであれば是非申し込んでみて欲しい、おすすめアクティビティ。

■志摩観光ホテル
後編でご紹介した海女小屋<さとうみ庵>や<かつおの天ぱく>の燻し小屋は、自力で行くことも出来るが、車でのアクセスがおすすめ。伊勢志摩の文化に触れたい方は時間に余裕を持った連泊で欲張りに楽しむのが吉。

住所/三重県志摩市阿児町神明731
TEL/0599-43-1211
参考URL/www.miyakohotels.ne.jp/shima/