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「ちょっとここらで一服を。」
冲方丁さん編

Info | 2019.06.17

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「僕はずっと異邦人だったんです」
 作家、冲方丁さんは静かに話し始めた。だから、旅というものには全然興味をもてなかった。むしろ移動というものはあまり歓迎すべきことではなかった、と続ける。
 冲方さんは、親が転勤族だったため、10代後半まで移住が日常だった。シンガポール、ネパールなど日本とはまったく異なる文化圏で過ごした期間も長い。

「そうやって生活そのものが旅になってくると、いわゆる旅行という感覚がよくわからなくなるんですよ。その頃の僕にとって、知らない場所に行くということは、まずそこにある危険を一刻も早く知り、それに備えて、なるべくお金や体力を失わないで継続できるような状態を保つということが重要でした。それと同時に、現地の人ともそんなに簡単に同化できるわけがないので、異邦人として振る舞わなければいけない。基本的にそれは楽しくないんです」
 だから、旅行をして、わざわざそんな異邦人の感覚を味わう必要を感じなかった。10代後半になって、周囲の友人たちが嬉々として旅行に出かけるのを見ても、なぜそんな大変なことをわざわざするのだろう、と不思議に思っていた。
 
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そんな冲方さんに変化が訪れたのは、20代後半になりようやく"定住"というものを実感してからだ。
「定住することで、多少なりとも自分がそこに根づくわけですね。そうなると刺激が少なくなったり、自分が元々求めていたものが見えにくくなったりする。それまでは常に自分は異邦人だったんです。そうすると、自分は何者なのかということを、常に周囲に説明し続けなければいけない。そうすることによって、自分自身をいうものを確認できたりもするんですね。定住するとそれが必要なくなります。外圧がないので、自分自身に向き合う機会が減ったと感じました。そのときに、再び異邦人になりたい、つまり旅に出たいと感じるようになったんです」
 ただし、当時すでに売れっ子作家であった冲方さんには、今度は旅に行くための時間がなかった。仕事や友人の結婚式などで、海外に赴く機会は多かったが、自主的な旅はなかなか実現が難しかった。
 そんな冲方さんが、昨年の夏に20年振りの夏休みをとった。
 目的は旅、しかも北極を目指すというものだった。
「とにかくゆっくりしたかったんです。そこで絶対に電波の届かない、メールの届かない場所はどこかと探したときに、北極が出てきたんです。世界に三隻しかない、原子力砕氷船で向かいました。氷を砕いて進んでゆくんですが、他の船が通るための道を作るという役割ももっています」
 ロシアのムルマンスクという不凍港から出港して、一週間くらいかけて北極へ行き、グルッと回って帰ってくるというルート。
「北極点にも行きましたよ。北極点というのは海氷の上です。海氷は刻々と動いているので、北極点の上に立つというのはなかなか難しい。みんなでGPSを持って、いまだ! という感じです。船自体は軍籍なので、軍人さんも乗っていますし、研究者も多いです。でも客室部分はバーやシアター、図書室などがあって、かなり豪華でした。しかも、原子力船の動力部を見せてくれるんです。でも2000室くらいあるので、1人でウロウロすると迷子になっちゃうんですね。だから移動してもよい場所には印が打ってあります。もし、いま世界が滅んでも我々だけは5年くらいなら生きていけるって、乗組員の方が笑っていました」

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 北極旅で冲方さんは、読書をしたり、ひたすら海を眺めたり、かつてないほどゆったりした時間を過ごすことになる。それと同時に、国、年齢、職種もバラバラな多種多様な人が乗っているので、大いに刺激や創作のヒントももらったという。
「仲良くなったご夫妻はテキサスで大学の講師をしているらしいのですが、夏場はテキサスは暑すぎるので、アイスランドで大学の講師をしているという。アイルランドの氷学者はこの船での仕事を終えたら、バカンスで中国を東から西へ横断して、一度アイルランドに戻って、ガールフレンドに会いにアフリカに行く。世界にはスケールの大きい人がいるなあと思いましたし、自分がそういった視野を失っていたことにも気付かされました」
 北極で旅に覚醒した冲方さんが次に目指したのは、サハラ砂漠。昨年の年末年始のことだ。

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「砂漠を6日間かけて110キロ歩くというのがメインの目的だったのですが、まず何を履いていっていいのかわからない。だからサンダルとスニーカーとトレッキングシューズを持っていって、ひとつずつ試していたんです。でも砂漠と一言にいっても、砂ばかりかと思えば、岩山が出てきて、そうするうちに雑草だらけのエリアになり、という具合に実に変化に富んでいるんです。ベドウィンの人たちはカカトを潰したスリッパみたいなものでペタペタ歩くんですが、それを真似して僕もサンダルで歩いてみたら、あっという間に足が痛くなってしまいました。でもベドウィンの人たちはまったく平気。歩き方があるんでしょうね。しかも彼らはGPSなんて持っていませんから、太陽と星の角度だけを頼りに歩くんです。同行していたチュニジア人が持っていたGPSを後で確認したら、きっちり直線で歩いているんですよ。普通の人間が、目標物の少ない広大な場所を歩くと、自然と円を描いてしまうらしいんですが、彼らは真っすぐ。すごい知恵だなと思いました。僕が身につけた文明力なんてなんの役にも立たない。携帯電話も電池切れで使えなくなりますから。そうなったら、そういう場所ではもう何もできない」

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ベドウィンの人びととは、言葉もまったく通じなかったという。しかし自身がエイリアン、異邦人に戻ることが旅の大きな目的なわけだから、冲方さんにとってはベストな旅先といえる。
「未知の刺激を受けました。ベドウィンの人がGPSも持たずにまっすぐ砂漠を歩いている。フレーズにするとこれだけですが、その周りには、彼らの歴史、生活などが根付いている。それから、旅に行くと海外の人に自分の民族の歴史を説明する必要も出てくる。自分のルーツがどこから来ていて、どうなっていくというようなことを話します。それをなるべく簡単に説明しようとすると、核のようなものが浮かび上がってくることがあるんですね。ちょっと断片的にはなりますけれども、「日本人ってどんな人たち?」ということがみえてくる。例えば僕は砂漠でずっとマスクを付けて寝ていたんですが、なぜ日本人はマスクが好きなの? と訊かれました。彼らからすると口の部分が隠れるということは、表情がわからなくなるので怖いらしいんです。でも逆に日本人の感覚からすれば、欧米の人はなんであんなにサングラスが好きなのか? という疑問が生まれます。考えるきっかけですね。日本人がマスクを付けているのは、密集地域に住んでいて、疫病が流行りやすいところの特徴なのではないか。目は口ほどに物を言うという言葉がありますよね。日本人がマスクを付けても平気なのはアイコンタクトが発達しているからかもしれません。逆に欧米人はハンドサインですから、目はサングラスで隠してもよいわけです。マスクとサングラスというだけで、そんなことを考えるわけです。日常ではそんなこと考えませんから、旅というもの特有のものなのだなと思います」

スクリーンショット 2019-06-18 13.41.40.png執筆中にはプルーム・テックを愛飲。もちろん旅でも必携品だが、その国の紙巻きタバコも楽しむ。2018年の年末年始にはサハラ砂漠をベドウィンの人たちとともに歩いた。乾いた空気のなかでの一服は、格別の味わいだったそう。

 世界を知る、刺激を受ける、常識を覆す、創作の助け、冲方さんが旅に行く理由はたくさんあるが、その中でも一番重要なのは、自分を知ることだ。
「特に自分の無力さを味わいたいんです。電波がないところに行きたいというのも、逃避だけではなくて、インターネットから離れたいんです。ネットにある情報を自分の知識だと勘違いしてしまうのが怖いので、たまにそういうものがまったく使えない場所に行って、自分のスケール感を取り戻さなければいけないと感じます。素の自分を確認する行為。それが旅に出る大きな理由ですね」
 
冲方さんがいま、一番旅したい場所は、月だという。もしそれが実現したとき、この作家は、どんな自分を見つけるのだろう。


プロフィール
冲方丁/ うぶかた・とう●作家。1977年岐阜県生まれ。
1996年『黒い季節』でデビュー。2003年『マ
ルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞受賞、
09年『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本
屋大賞などを受賞。近著に『麒麟児』がある。
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