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「ちょっとここらで一服を。」堀潤さん編

Info | 2019.12.23

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国内外を精力的に駆け回る、ジャーナリストの堀潤さん。今回のインタビューの後、趣味はなんですか?と尋ねると、仕事仲間が間髪入れずに「取材です」と答えた。日帰りで香港取材をし、時間がとれたらアフリカへ行くと語る掘さんが、実際に現地に赴き取材を重ねる理由とは何か。

--周囲から「趣味は取材」と言われるほどですが、そこまでして現場に赴く理由は?

 そもそも報道というものはかなり限定的なものなんですよ。たとえば、難民キャンプというと悲惨なイメージばかりが先行していますが、実はそこでも子供たちが屈託のない笑顔で暮らしているし、弟に分けるためのランチパックを大事そうに抱えていたりもします。そういう苛酷な状況においても、思いやる心というのは育まれているという事実があるんです。でも、そういうことは報道されないし、想像じゃわからない。だから僕は、現場へ行くんです。僕は元々テレビマンです。テレビの基本は「さあ皆さん。観たことのない世界を私たちと一緒に観てみましょう」に尽きると思っています。となると、やはり現場に行かないと話になりません。
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--現場に行けば、いろいろと見つかる?

もう、なんでもかんでもですよ。湿度ひとつとってもそうですよね。こんな臭いするんだ、という発見にはじまり、暮らし、食べ物。
エルサレム旧市街地に行ったときのことですが、街のいたるところに、各宗教の聖地がある。街中でも様々な宗教の人たちがすれ違っている。共存しているわけです。でも食べ物はぜんぜん違うだろうなと思っていたら、もちろん味つけも調理方法も違うのだけれど、食材は一緒。その土地でとれたものだから、当然といえば当然ですが、ハッとさせられました。イスラエルとパレスチナは、いま争っているかもしれないけれど、食べているものは、その土地で実ったもの、海で獲れたもの、光によって育まれたもの。それって、希望ですよ。共存も、もしかしたらあるのではないかと思わせてくれる。

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--取材し、表現することで注意している点はありますか?

 いまはネットがすごく発達しているので、行ったような気にはいくらでもなれるし、世界中のニュースも映像で観ることができます。でもそれが真実かというと、そんなことはない。これまでのメディアは「これが世界の真実です」というような伝え方をしていて、反対意見があっても排除する。それがメディアへの不信感を強めたと思っています。「だって、違うのもあるじゃん」とみんな分かっているのに「いや、私たちはプロですから」と、そういうものを排除していく。違うものをきちんと認める姿勢が必要だと思います。僕にしても、ひとすくいしか、伝えられていないんですよ。伝え切れていない部分にも、とても興味深い所はある。だからぜひ行ってみてほしいです。そういう余地を残したアプローチがいいのではないかなと、思っていますね。

 取材に行くと言葉というものについても考えさせられます。パレスチナの人と話していたときに、僕が「はやく平和になるといいですね」と言ったんです。そうしたらその人は「その平和というのは誰にとっての平和の話をしてますか? イスラエルにしても、私たちにしても平和を望んでいるんです」と答えた。確かにそうだなと思いました。だから今度は「あなたにとっての平和はなんですか?」というふうに質問を変えてみた。そうやって言葉を変えて聞いていくと、平和というひとつの言葉でも、安定、秩序、共存などいろいろな意味が出てくる。伝える側として、注意すべきことだなと痛感したエピソードです。

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--現地に赴く前には、どんな内容になるか予想して行くのでしょうか?

目的になったものって、あまり面白いと感じないんです。結果であってほしい。目的になってしまうと、まるでカギ括弧を埋めに行くような、そんな取材になってしまいそうです。目的にしてしまうと、どこか決めつけてしまうんですね。こうに違いない、と。そうなると自分が決めつけたものしか目に入ってこなくなる。そういう失敗をこれまでテレビの仕事で散々してきたので、いまは、現場で計画変更できるような柔軟さも重視しています。

あとは、出来る限り、自分の中のリミッターを外そうとします。行けるところまで行ってみて、それでダメだったらダメで仕方がないという感覚ですね。そのくらいしないと、自分が予想もしていなかった事実というものにはなかなか出会えない。香港でデモの現場を撮影していたときのこと。安全圏内で撮影してもダメだと思ったので、デモ側に混ざって撮影したんですね。最初のうちはそれで大丈夫でしたが、ヒートアップしてきて、だんだんと恐怖も感じてくるんです。そして気付いたら警察サイドから撮影してしまっていた。

そうすると、視点が全然変わってくるんです。追う側と追われる側だと映像の質がガラッと変わります。どうしても追う側が正義、のような構図になる。それも分かっているからあえてデモ側から撮っていたはずなのに、気付いたらどんどん安全圏のほう、体制のほうに引き寄せられていたんです。これにはハッとさせられました。

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--世界各地を取材してきて、
改めていま報道というものに感じることはありますか?

 わかったと思ったら終わりだということでしょうか。固定観念のもとで思考停止になってしまいます。わからないがあるから、その先がある。だから僕はわかりたくない。
 たとえば、先日平壌に行ったのですが、いちいち驚くんです。「あ、ハイヒール履いてる」とか「歩きスマホしてる」とか。でも、ふと思うわけですよ。当たり前だよねと。なんでいちいち驚くかというと、固定観念のなかで生きていたからなんですよね。北朝鮮の人たちは飢餓状態でボロボロの服を着て、無表情で自由がなく、云々......。勝手に想像していたんですよね。でも、歩きスマホとか、綺麗な空港などは事実としてそこにあって、ただ伝わってなかっただけで、そういうことを伝えるメディアが少なかった。だから僕のメディアでは、視聴しているだけではわからないことがたくさんあるということも伝えたいんです。
 どこどこは独裁国家で国民はみんな洗脳されているんだ、なんて話を聞きますが、もしかしたら逆もそうかもしれませんよね。

 国内のことですら、そういう盲目的なところはあります。昨日は品川にある東京入国管理局の施設に行ってきました。日本国内での難民申請者数って実は急上昇しているのですが、認められるのは1パーセントに満たない。それでいまなにが起きているかというと、品川や牛久の入管の施設内で、ハンガーストライキが起きたりしていて、その結果として餓死する人がいます。実際に品川の入管施設の前に行って、窓越しに撮影したのですが、まるで牢獄のようなんです。そうしたら難民の人たちがいっせいにこちらに向けて手を振ってきた。「出してー」「伝えてー」と。でも、視線を違うほうに向ければ、通常の品川の街なんですよ。
 こんな事実をいま果たしてどれだけの人が知っているのか。知らない、知らされていない、気付いていない。そういうものを見つけるため、わからないということを知るため。そしてそれを伝えるために僕は現場に行くのだと思います。
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ほり・じゅん●ジャーナリスト。NPO法人「8 bi tNews」代表。NHKを退局後、フリーに。シリア、パレスチナ、朝鮮半島、福島など世界各地で分断をテーマに取材・撮影、監督した映画『わたしは分断を許さない』が、2020年春公開予定。

お詫びと訂正