TRANSIT /  Info  / here

旅と本と映画
イタリアを知る5作
在本彌生選

COLUMN | 2020.04.22

異国の文化や風景や人々に触れる旅は現状叶いませんが、知りたいと思う気持ちさえあれば、その扉は無限に開かれています。本や映画は、家にいながらにして世界を知る最高のツール。各国に造詣と愛の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載をスタートします。
バナー候補3.pngのサムネール画像

初回は、元イタリア系航空会社勤務であり、世界中を飛び回る写真家の在本彌生さん。

「イタリアをひとつの国として表現するのはとても困難なことです。時代によって、また地方によって全く違う顔を持っているということもあり、5点選ぶことに少しだけ戸惑いましたが、最後には完全に個人的な好みで選びました。セレクトに大きな偏りがありますが、その多面性もイタリアの面白さと言えますね」


イタリアを知る5つの本と映画

文=在本彌生


『日本文学全集25 須賀敦子』

池澤夏樹編(河出書房新社)

01 Books and Cinema Itaky .jpeg

 須賀敦子さんの翻訳の仕事はウンベルト・サバ、ナタリア・ギンズブルグ、アントニオ・タブッキ、イタロ・カルビーノ、ブルーノ・ムナーリと多数ありますが、どの作品をとっても見事としか言いようがありません。作家たちにとって須賀さんは、抜群に料理の上手い気の利く世話女房みたいな感じでしょうか。


 文学作品の一行一行が、じっくり出汁を取りほどよい温度で提供されたスープを口に運んだ時のよう。じんわりと全身に沁みいる美味しいことばに満たされます。その味はスッキリとしていてなおかつ記憶に残るのです。決してしつこくない、滋味深いことばが連なって、読んでいて感情を揺さぶられながら頭が整理されるような感覚で、気持ちが良いのです。


 この分厚い一冊でイタリア文学に触れると同時に、須賀敦子さんの訳の妙を味わっていただきたいです。この本では須賀さんのエッセイの数々にも出会えます。「コルシア書店の仲間たち」は中でも私が好きなエッセイで、彼女のミラノでの文学と共に生きた日々に飛び込んでいけるのです。



『ふたつの海のあいだで』

カルミネ・アバーテ著 関口英子訳(新潮社)


02 Books and Cinema Itaky.jpeg

 『TRANSIT 38 ベトナム号』の取材撮影でご一緒させていただいた、作家の小野正嗣さんからこの本の存在を教えていただきました。小野さんは移民文学の研究者で、芥川賞作家。「日曜美術館」のナビゲーターとしてご存知の方も多いことでしょう。ベトナム取材当時、小野さんが著者のアバーテ氏と対談したばかりだったということで、イタリアに思いの深い私に「彌生さんに是非読んでみてほしいな」と薦めていただき手にとった一冊です。


 著者のアバーテ氏は、アルバニアからイタリア南部のカラブリアに移民した民族を先祖に持つ、イタリアにおける少数民族というバックグラウンドの作家。少し特殊ではありますが、歴史を遡ると非常にトランスカルチュアルなイタリアです。そういった背景を知るという意味でも、この小説を味わうことには大きな意味があります。南イタリアの片田舎の人々の魂を垣間見ることになります。一人の男の人間臭い生き様が描き出されます。民族を超えた男同士の友情、世代間の感覚のギャプ、小さなコミュニティの中での裏切り、関係の複雑さも繊細に描かれています。


 人が生きる上で何を貫いていきたいか、人生の目標はどう果たされるのか、などなど......人の生きる様は一番のドラマ、サスペンスの繰り返しですね。写真に関する描写も所々あり、我が身に響きました。




『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』

内田洋子著(方丈社)


03 Books and Cinema Itaky.jpg

 通信社を自ら立ち上げミラノをベースに活動し、目下エッセイストとしても知られる内田洋子さん。トスカーナ州の海岸にほど近い小さな山間の村、モンテレッジォ。本の行商を生業としたコミュニティがそこに存在したことを、書店主との会話から知ることになります。モンテレッジョの本売りたちの始まりから今に至るまでの歴史を、自らの足で辿り、人々に会い、綴った記録です。


 このコミュニティの人々はイタリア全土、ヨーロッパ、そしてキューバやアルゼンチンなどの中南米の国々にまでフィールドを広げ、本屋を営むようになったというのです。こんな形で文化を担う仕事があったとは!本当に驚きました。識字率が高まった時代、大きな籠に方々から仕入れた本をしこたま詰め込み山々を越えて、本を売り歩く商売があったのですね。しかも顧客の好みまで把握し、医薬品や世界情勢、政治情報までも届ける「よろず運び屋」としての存在した彼らは、人々にとって掛け替えのない存在であったということも非常に興味深いです。こんな面白いネタを日常の書店通いから得た内田さんのジャーナリスト魂に脱帽です。本と書店と人々との語らいへの深い愛を感じます。


 COVID19の蔓延で封鎖されたイタリアの都市に生きる若者たちに取材した連載も、回を重ねていて興味深いのです。(この連載を読むごとにイタリアの若者の言葉の巧みさに我が国との大きな差を感じてしまうのは私だけでしょうか......そして、内田さんの翻訳も今の若者の言葉を今の生きた日本語に見事に変換されていて素晴らしいのです)


内田さんの視点から多くのことを学びます。自由にこの世界を行き来できる時が来たらお会いしたい方です。






『甘い生活 / DOLCE VITA』

フェデリコ・フェリーニ監督


04 Books and Cinema Itaky.jpeg

  この原稿を書くにあたってコロナ自粛家ごもりの事情も手伝い、もう一度この映画を観直しました。初めて観たのは21歳の頃、イタリア文化会館で開かれていた「フェリーニ映画特集」だったと記憶しています。それからは何度となく、日本でもイタリアでも、あらゆるシチュエーションでこの映画を観てきましたが、今回の印象は今までと随分違っていました。これまで観たときには捉えられなかった、大いなる「不安定」諸行無常を強く感じたのです。


 これまではマルチェロ・マストロヤンニ演じるマルッチェロのヒラヒラした優男ぶりとか、アヌーク・エーメが演じるマダレーナの美しさとかドレスの着こなしの洗練などに目がいっていたのです。もちろん、アニタ・エクバーグ演じるシルビアがトレビの泉で水と戯れる姿も、それはそれは艶かしく印象的でした。


 いやいや、それはこの映画のうわべの部分でしかなくて......実のところ、華やかなりしバブル時代に生きる人々の、何にも満たされない空虚な心を描いた群像劇だったのですね。デカダンスの禍は強烈です。人の命も奪うのです。


 それぞれのシーンに何かを啓示するものが見つけられます。仮面と長い付け爪でオリエンタルな音楽とともに不気味な踊りを披露する舞踏団、水浸しの廊下、ヒステリックな恋人、処女の代表のように無邪気な少女、外国語訛りのイタリア語、巨大なエイのようなぶよぶよした魚......世の中全てが乱痴気騒ぎで未来も過去も考えない、考えたくない不吉なムード、夢を抱いて生きていくことに全くリアリティがない「気持ち悪さ」を、フェリーニは赤裸々に描いているのでした。結果的にそうなっただけなのかもしれませんが。音楽監督のニノ・ロータ、から騒ぎのムードを見事に音楽に落とし込んでいます。いまの映画の感覚で観ると、ひとつひとつのシーンが非常に長く、こんなに必要かなと思ったりしますが、60年前は時の流れ方も違ったのですから、ゆったりとした気持ちで眺めましょう。


 それにしても、ローマの旧市街はなんと絵になるのでしょう。まさに永遠の都です。この町を舞台に「甘い生活」が撮影されたことは、この映画の大きなチャームポイントといえるでしょう。






『ゴモラ / Gomorra』

マッテオ・ガローネ監督

05 Books and Cinema Itaky.png
 
これはまさに命がけで作られた映画。ナポリのマフィア、カモッラのありようをリアルピープルを配役して撮影しています。映画の元となったカモッラを暴いた本『死都ゴモラ―世界の裏側を支配する暗黒帝国』がこの映画の源なのですが、その著者ロベルト・サビアーノはこの本が出版されて以来、マフィアの襲撃から身を守るため常に警察の警護を受けながら生活し、命を守るために海外移住したという噂さえあるというから恐ろしいです。


 この映画、兎に角度肝を抜かれるほどリアルです、なにせ本物のカモッラの面々が役者として登場していますから。出演した彼らも肝が座っていますが、プロデューサーも監督も死ぬ気で作った作品だろうと思います。それゆえにワンシーンワンシーンに緊迫した恐るべき美しさがあります。刺すような光に照らし出され、濃い影を抱いたコンクリートの坂道、貧しい団地の荒れたさま、登場人物の眼差し、しゃがれた声、心の動きまでも見事に描き出されています。映像が魔力を持って観るものの眼を乗っ取ってきます。


 この映画が公開されたときはイタリア映画の新時代がやってきたと思いました。映画の中で描かれている事象だけをみると悲惨です、虚しいです。それでも、タテマエとか正義とかそういうことを抜きにして、何が何でも生きるとはこういうことなのだろうかと心臓が高鳴ってしまうのです。


 『TRANSIT 17 イタリア号』でナポリの下町でピッツア屋を営む家族を取材撮影させてもらいましたが、父親に子供達のことを質問した時に返ってきた言葉が忘れられません。「この町では子供をギャングにしないのが親のつとめ、貧しくても奴らとは絶対に絡ませない、その道に一度踏み出したら抜け出せないからね」




在本彌生(ありもと・やよい)
東京生まれ。外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真と出会う。以降、時間と場所を問わず驚きと発見のビジョンを表現出来る写真の世界に夢中になる。美しく奇妙、クールで暖かい魅力的な被写体を求め、世界を飛び回り続けている。2006年5月よりフリーランスフォトグラファーとして活動を開始。雑誌多数、カタログ、CDジャケット、TVCM、広告、展覧会にて活動中。
twitter instagram

お詫びと訂正