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旅と本と映画
ポルトガルを知る5作
岡田カーヤ選

COLUMN | 2020.04.27

異国の文化や風景や人々について深く知るための旅は現状叶いませんが、知りたいと思う気持ちさえあれば、その扉は無限に開かれています。本や映画は、家にいながらにして世界を知る最高のツール。各国に造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載の第二回。

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TRANSIT40号のポルトガル特集で、中南部のアレンテージョ地方を旅してくれた編集者、ライター、ミュージシャンの岡田カーヤさんが、「ポルトガルの街といなかをさまよって、ごちゃまぜの文化に触れる」作品を選んでくださいました。


ポルトガルを知る5つの本と映画
文=岡田カーヤ

『リスボン物語』 ヴィム・ヴェンダース監督

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まずはポルトガルの首都リスボンへ。

 リスボン市の依頼により、ヴェンダースが監督したこちらは、まばゆいばかりの太陽の光と物憂げな影とをうつろいながら、リスボンの観光案内のように街のあちこちへと連れて行ってくれる作品。ストーリーとしては、ドイツ人の音響技師ヴィンターがリスボンの街ですでに撮影された映像の軌跡を辿って録音を行い、消えてしまった友人である映画監督の足取りを追うというプロットがあるものの、それは重要ではない。さして緊迫感なく、ゆったりとした時間の中、瞬間瞬間にとらえた音の響きや、初めて訪れる場所へ向けられる新鮮な目線とともに、街と、記録することの深部へと近づいていく。マドレデウスの丹精な調べと、テージョ河のようにたゆたうテレーザの歌声が物語に花を添える。

 ヴィンターが夜ごと読んでいる本にも注目したい。ポルトガルの現代詩人、フェルナンド・ペソアの『不穏の書』だ。この言葉をもとに、記録すること、記憶すること、映画とはなんぞやということを思考し、途中、ポルトガルが誇る映画監督、マヌエル・ド・オリヴェイラが登場して、自身の映画感まで語らせる。ともすると重たいテーマになりがちだけど、コミカルに軽妙に物語は進んでいく。見終わったあとは、まるでペソアの詩を呼んだかのように、思考の断片が体へと残る。

 同じく外国人目線で、フェルナンド・ペソアを軸に町をさまよい歩く、アントニオ・タブッキ著『レクイエム』もぜひ。


『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区』
アキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ビクトル・エリセ、マヌエル・ド・オリヴェイラ監督

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 お次は北へ。ポルトガル誕生の地であるギマランエスを舞台に、世界的巨匠が4者4様に描くオムニバス。光はもちろん、石畳、壁の色もリスボンとは異なっているので、マニアックな見方も楽しめる。ポルトガルの北と南は街のたたずまいが違っているのだ。リスボンよりも"ヨーロッパ"的な北の都市にて、カウリスマキらしい大真面目にすっとぼけている主人公のはみだし具合が、愛おしさとおかしみを誘う。この映画の公開でカウリスマキがポルトガルに住んでいたことを知り驚いたけど納得もした。陽気なのだけど、どこか影のある感じが両者をつなぐ。

 ペドロ・コスタが描き続けるヴェントゥーラは、セネガル沖の大西洋に浮かぶアフリカの島、ポルトガル語圏のカボ・ヴェルデの出身。病院のエレベーターの中で兵士の亡霊と出会い、かつての革命や国元に残してきた妻や今の生活のことが、時間を超えて語られるというシュールな設定だけど、国民の半数以上が移民として国外で働くカボ・ヴェルデという国と移民で働くことのたいへんさが伝わってくる。そんな中でも、歌をうたうヴェントゥーラ。世界的歌手セザリア・エヴォラを生んだこの国は、音楽にあふれる島でもあるのだ。好きだなぁ、カボ・ヴェルデ。

 閉鎖した紡績工場で働いていた人たちの自分語りを撮影した、ビクトル・エリセの作品もたらまない。それぞれの人生や思い、ままならない生活がじわじわと胸にせまり、大河ドラマを見た気持ち。巨匠さすが。オリヴェイラによる肩の力の抜けた巨匠感もまたよしです。


『ガルヴェイアスの犬』
ジョゼ・ルイス・ペイショット著 木下眞穂訳(新潮社)

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 今度は南へ。なだらかな丘陵地帯が続くアレンテージョは、穀倉地帯であるにもかかわらずポルトガルのなかでも貧しいエリアで、今も昔もつつましやかな生活をする人が多い。雨が降らない夏場は乾いた土地に容赦なく太陽の熱がふりそそぎ、この地方特有の小さな家の白壁が、青い空にまぶしいくらいに輝いている。

 この小説の舞台となるのが、アレンテージョにある人口1000人の小さな村、ガルヴェイアス。実在の村だ。この村にある晩、巨大な物体が落ちてくるところから物語は始まる。その物体から異臭が村へと漂いだしてからというもの歯車が狂ってしまったのか、夫の浮気相手に喧嘩を売るために自分の排泄物を集めたり、確執のあった兄へ復讐をするために弟が外へと飛び出したり、硫黄の味がするパンしか焼けなくなったりと、村の中でいろいろなことが起こり始める。それを私たちはただただ眺めている。まるで村中を徘徊する犬たちの目線で、彼らのことを過去から現在までを知り尽くしているかのように。

 とにかく登場人物が多い。そして、人間関係が入り組んでいて混乱する。でも、途中でこんなものかとあきらめることを覚える。だって、私たち自身が隕石であるかのように、ガルヴェイアスという村の中に放り込まれてしまったのだから。そうして彼らの人生を傍観していると、ガルシア・マルケスを読んでいるかのようなマジック・リアリズム的な呪術めいたものを感じるのだけど、実は不思議なことってそれほど起こってはいない。決して裕福ではないし、生活は楽しいことばかりでもない。暑苦しく、息苦しくも、懸命に毎日を送る人たちの生き様が、あまりにもあけっぴろげにこぼれだしていく。今の私たちにはとうてい実現できない、そのむきだしの生き方にこそ、愛おしさとうらやましさとともに超然さを感じるのかもしれない。

Povo que canta (動画集)

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 それでは、ポルトガル各地の小さな村々を巡りましょうか。

 1974年の無血革命まで40年間続いた独裁政権下の1960〜1970年代。すでにヨーロッパ各地では出合うことができなくなってしまった民衆音楽を求めて、フランス・コルシカ島からやってきたミシェル・ジャコメッティという民俗学者がポルトガル全土をまわりながら各地に残る労働歌、民衆歌、土地に伝わる楽器、祭礼・儀礼の音楽を採集して、フィールドレコーディングを行った。その様子を「POVO QUE CANTA(歌う民族)」という映像としてアーカイブしたものを、ポルトガルの新聞社とテレビが共同で数年前に再編してDVD化したものを、現在、テレビ局RTPのwebで公開している。

 これはぜひ見てほしい。愛情あふれる目線はまるで宮本常一。村人たちに丹念に聞き取りをしながら、音楽家ではない彼らの決して上手とはいえない演奏に嬉しそうに耳を傾ける。その様子をみていると、音楽ってこうして土地土地に受け継がれてきたんだなぁと胸が熱くなる。石切職人たちの歌、畑を耕すときの歌、円陣を組んで歌う男たちの歌。打楽器、弦楽器、笛、バグパイプなどの伝統楽器。細長い陶器に豚の革を貼って、真ん中を貫く棒をこすって音を鳴らす、おそらくブラジルのクイーカの元となった楽器を、複数人で合奏して低い音をぶほぶほ鳴らしている様子は笑えるし、カンパニッサという弦楽器をいなかのじいさんが自作して演奏している姿を見て、ブラジル音楽ファンはうれしそうに目を輝かせる。

 なにせポルトガルはユーラシア大陸の果ての果て。半島には文化がふきだまる。古くからケルト、地中海、アフリカなどから来た習俗と混ざり合ってきた。そして、さらにはブラジルやハワイ、アジアへと渡り新たな文化へとつながる源泉でもある。そんな様子がエモーショナルに記録された貴重な映像なのだ。


『南蛮料理のルーツを求めて』
片寄 眞木子著(平凡社)

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 最後は、一旦リスボンへと戻り、そこから大航海時代の足跡が残るアジアの各地へ。

 天ぷら、南蛮漬け、パン、カステラ、金平糖をはじめ、日本にはポルトガル起源の料理がたくさんある。さらに九州には、ひかど、ぼうろ、鶏卵素麺、あるへいとうなど、郷土料理や菓子が残っている。

 栄養学の専門家である著者が、日本で今も息づく南蛮料理とポルトガル料理の関係を調べるために赴いたリスボンで、はたと気づく。ポルトガルから日本にやってくるまでは、その間の長い航海の途中、寄港していたさまざまな土地の食文化の影響が絶対にあるはずだと。その後、マカオ、マラッカ、ゴア、東ティモールへまで足を延ばす。ポルトガルにルーツをもつという出自を現在も大切にしながら暮らす人たちと出会い、現地の文化と混ざり合ってクレオール(混血)化した料理を教えてもらい夢中で記録する。時代と地域を超えて、ポルトガルから日本へと続く軌跡を追った他に類書がない本書は、熟成しきってはいないけど好奇心の初期衝動で満ちている。

 人の行き来や、そこから生まれる憧れがあったことで、食だけでなく、言葉も、音楽も、文学も、混ざり合って新しいものが生まれてきた。文化は混ざってこそおもしろい。大航海時代のアジアだけでなく、植民地だったブラジルやアフリカでも、移民として多くの人が移り住んだハワイやヨーロッパ各地でもそれは起こっていたし、今も旧植民地の国々から人々が働きに来ているリスボンなどポルトガル都市部でだって、混沌としながらもおもしろいものが生まれている。だからこそ私は、ポルトガルに惹かれたのだろうなと最近よく思う。




岡田カーヤ(おかだかーや)
フリーランスの編集者、ライター。バンドDouble Famousではサックスやフルート、アコーディオンなどを担当し、日本各地のステージに立っている。「ポルトガルのソパ(スープ)とパン」という料理ユニット組んでイベントなどにも参加。近年はランナーとしてランニングイベントなどにも積極的にエントリーしている。2005年からポルトガル・リスボン大学に留学していた。
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