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シアトル・カフェカルチャーの奔流へ

Travelog | 2013.09.20
シアトル国際空港を出ると青空が広がっていた。"雨の街"という印象が強いが、それは秋から冬にかけてのこと。初夏を迎えた港町には陽光がたっぷり降り注ぎ、さわやかな風が抜けていく。気が晴れない雨の季節を知っているからこそ、シアトルっ子は太陽の季節をいとおしむように過ごす。何人かから「いい時期に来たね」と声をかけられた。道行く人びとの表情に明るい笑顔が広がっているのは気のせいではないようだ。
  • 掲載号: / 撮影 : 黄瀬麻以 / 文:編集部
  • ルート: シアトル

通りを歩けば軒を連ねるコーヒーショップから漂うこうばしい香りが鼻孔をくすぐる。シアトルは"カフェの街"としても有名。スターバックス、タリーズ、シアトルズベストコーヒーなど、世界的に知られる本格派のコーヒーチェーンがここで誕生した。その象徴であるスターバックス1号店では、観光客が作る長い列がいつも伸びている。

滞在3日目に、半日かけて市内のカフェめぐりをする。朝9時。シアトルの街情報を発信している大野拓未さんと落ち合う。市内中心部を車で走れば、ほぼブロックごとに"人魚"のロゴマークを目にする。「シアトルのコーヒーカルチャーにおいてスターバックスが果たした役割は、地元の人も認めてますよ」。スタバは1971年に1号店をオープンし、84年にイタリア式のコーヒーバーをスタートさせる。以前、アメリカのコーヒーは薄味の"アメリカン"がスタンダードだった。が、スタバブームでコーヒーに対する意識が変わる。豆や入れ方にこだわりをもつ人が増え、この街ではインディペンデント系のカフェも次々に誕生した。

まずは、シアトルに暮らして20年以上になる大野さんが一番好きというEspresso Vivaceへ。マイクロソフトの共同創業者ポール・アレンが開発を手がけるサウスレイクユニオンにあり、一帯にはITやバイオテクノロジーなど"新しい産業"に従事する企業が集まる。「ここは2号店。キャピトルヒルにあった1号店には学生の頃よく通ってました。最近、ライトレールの開設工事に伴って1号店がなくなってしまい残念です」。行きつけのカフェはいつしか生活のなかでなくてはならない存在となる。そして、足しげく通うファンが個性豊かで渋さのあるカフェを支える。そんな人と人のつながりが、ここで育まれたカフェカルチャーの根っこにある。


午前10時。ゆったりとした店内で、客は仕事をしたり、打ち合せをしたり、ぼんやりまどろんだり。近くにいた美女2人に声をかける。彼女たちが働く広告代理店では、きちんと仕事をしていれば働き方は自由なようだ。「この街で一番おいしいと思う。好きなコーヒーを飲んで、居心地のいいカフェにいて、快適な環境で仕事をするほうがいいアイデアが浮かぶでしょ」


レイ・ドーナン(右)とクレア・トーマスが働くオフィスは同じビルの6Fにある。ネット広告を出すクライアントに対して、広告戦略のアドバイスをするのが主な業務。


ハーバーに停泊したヨットを横目で見ながら街中心部から車で10分ほど走ると、レンガ造りの洗練されたブティック、カフェ、レストランが並ぶエリアに到着する。かつて北欧からの移民が多く暮らしていたバラードはお洒落なスモールタウン。毎週日曜にはファーマーズマーケットが開かれ、地元で作られたオーガニックな食料品を買うことができる。ちょっと値段が高くても、新鮮な野菜や果物、手作りのパンやチーズを買い求める人がここでは確実に増加中。


午前11時。目抜き通りにあるBallard Coffee Worksを訪ねた。昼前のカフェは客もまばらでのんびりモード。麦わら帽子をかぶった店長のキャリー・ローウェンは自然体で、木造りのレトロな雰囲気の店とよく合う。オーナーが世界中のコーヒー農園に足を運んで豆を選ぶ。コーヒー農家の"顔"がわかるようにシングルのオリジナル豆にこだわり、誰が作っているかも表示する。キャリーはチャーミングな笑顔を浮かべながら会社のミッションを語り、濃いフルーツの香りがするコーヒーを口にした。「コーヒー豆を通じて人と人が出会うのよ。例えば、グアテマラの農家の人と、シアトルのカフェにやってくる客がつながる。それが私たちのグローバリゼーションなの」

同じバラードにあるCaffe Fioreは、シアトルで初めて100%オーガニックの豆を販売。地元アーティストの作品を1〜2ヵ月おきに展示し、ローカルに見てもらえる機会を提供している。壁紙をオレンジで統一し、アンティーク風のシャンデリアを吊るなど、クラシカルな内装に独自の美意識が感じられる。


正午過ぎ、ダウンタウンから北へ5kmほどのフリーモントへ向かう。付近にはアーティストが多く住み、通りにはパブリックアートがたくさんあって遊び心に溢れている。光いっぱいの通りからMilstead & Coの店内に入ると、抑えた照明とシンプルなデザインのインテリアがマッチする落ち着いた空間が現れた。

働くバリスタたちの身のこなしも洗練されている。オーナーのアンドリュー・ミルステッドが東海岸出身と聞いて合点がいった。店の雰囲気、スタッフ、客層、すべてに統一感があって、スモールビジネスのいい面が現れている。カフェの名前はオーナーである彼の名字から。


「追求しているのは質の高いコーヒーとサービス」。アンドリューは早口で店のフィロソフィーを語ってくれた。豆はシアトル市内にあるこだわりのロースターから仕入れている。注文カウンターはL字型に設計され、客が注文してからコーナーを曲って会計をするまで、ほとんど待つことがないように何人かのスタッフが連動して動く。店のスタッフは一見クールなようでいて、物腰はやわらかく質問にも丁寧に答えてくれる。合理的でありながらアットホームに感じられる空間作り。エンジェルのタトゥーをしているバリスタが、客が入ってくるのを見て、やさしい笑顔で声をかけている。


最後の1軒に到着したのは午後3時半。6月のシアトルでは、太陽はまだまだ高い位置にあって燦々と陽光を降らせている。Caffe Vitaがあるのはダウンタウンから坂を上っていった先のキャピトルヒル。バー、ライブスタジオが多く、ゲイやミュージシャンが集まるファンキーなエリアだ。60年代のカウンターカルチャーの雰囲気が残された界隈には、ちょっぴり猥雑なエネルギーが流れている。店内にはハードロックが鳴り、体中にタトゥーが施されたバリスタが客を迎える。アポなしの訪問だったが、快く取材を受けてもらった。店内の奥にある焙煎スペースへ進むと、強烈なコーヒーの香りと、巨大なロースターマシンに圧倒される。1940年に作られた機械は現役で、ローストした豆は手作業で袋に詰められていく。


店内にいたケイティ・バーネットは大学院でアートマネジメントを学びながら、アートイベントを企画するNPOを運営している。ゴージャス系の派手なメガネをかけ、その奥で瞳がきらきら輝いている。「ここは広いし、長居してもOKだからしょっちゅう来てるの。勉強も仕事の打ち合せもするし、オフィス代わりに使ってるわ」


Caffe Vitaのパンクなスタッフしかり、ケイティしかり、スタイルはそれぞれ個性豊か。でも、やりたいことが明確で、自分のスタンスで前に進んでいる点は共通している。さまざまなエネルギーが渦巻いて、人と人がゆるやかにつながったコミュニティに"アメリカらしい自由"の源流を見た。


市内を車で移動中、おいしいレストランの前を通りかかるたびに大野さんが教えてくれる。韓国料理、インド料理、タイ料理、ベトナム料理、沖縄料理、イタリアンジェラート...。シアトルは外国人が多い。故郷のおいしい料理を食べられる場所がないなら、自分で作ってしまえと店を始めるケースもけっこうあるとか。シアトルっ子の旺盛な好奇心と、異文化に対するオープンさがうまく融合して、バラエイティ豊かなカルチャーを生んでいる。


マイクロソフト、スターバックス、アマゾンなどグローバル企業が本社を置くシアトルは、中流層が多く、全米でも豊かな都市の一つ。一方、街で暮らすさまざまなバックグラウンドをもった人たちのつながりを大切に育んでいるカフェや、多様な食文化を織り成す多彩なレストランなど、草の根の"もう一つのグローバリズム"も根付いている。"暮らしやすい街"として知られるシアトルの秘密は、自分らしいスタイルで"グローバル化"に向き合うしなやかなバランス感覚にあるのかもしれない。


【協力】
シアトルの街情報を暮らしている人の目線で届けているWEBサイト : JUNGLECITY.COM



  • 掲載号 : / 撮影 : 黄瀬麻以 / 文:編集部
  • ルート: シアトル