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南へ!~目指せミャンマー極楽ビーチ

Travelog | 2013.06.14

一夜明け、蚊帳の中から眩しい朝を眺めると昨夜の敗北感は何処へやら、得体の知れない勝利の気分が僕を包んだ。

夜着いたせいで、ここがどんな島なのかよくわかっていない。ということで、まずは島の全貌を掴むために高いところへ登ることに。すぐに海に飛び込まないだけ、おれも大人になったなとどうでもいいことを思いながら、地獄の急斜面をズタボロ40分の裏山登山。気分のいい風に吹かれながら、見下ろす眼下に、どうだこれがアンダマンだ!と言わんばかりの絶景が広がっていた。

初めてのシーカヤックでビーチ探索。冒険気分に浸り、思い描いた景色の中にいる喜びを満喫。探し求めたイメージに合致した透明な海、白いビーチ。脳天を突き刺す太陽も心地いい。

実力炸裂、この澄んだエメラルドグリーンこそがアンダマンだ!

リゾート最後の日、マクラウド島の真裏の島にモーケン族の船団が停泊していた。あきらめていた彼等との奇跡の遭遇に高まる興奮。見知らぬ者を恐れるモーケン族とのコミュニケーションは難しいと聞いていたが、穏やかな笑顔で乗船を許可してくれた。独特なカバンと呼ばれる彼等の家とも言うべき船は、ただ普通の漁船だった。民族らしさをあえて上げれば、顔のタナカの塗り方がワイルド過ぎることくらいだろうか。それほどまでに彼等は普通に漁師だった。

コートーンに戻った後で偶然知り合ったミャンマー人カメラマンは、数年前にモーケンを本格的に取材したことがあるという。またしても奇跡の遭遇。アメリカで何度も賞を貰ったこともあるし、ミャンマーでは名のあるカメラマンだと繰り返し自慢するのには辟易したが......。モーケンなら任せろと胸を張るカメラマン氏についていこうとすると、どうせ写真を売りつけたいだけだとガイドのニイニイが反対する。結果的には、おれからモーケン案内の金をせしめようという魂胆だった。馬鹿ヤロー!

翌日は再び最南端の村へ向かった。海の上に並ぶどの家にも天井からゆりかごがぶら下がり、家族やご近所さんが集まって揺らしている。多くの人にふれ合い見つめられて育つ赤ん坊。生きたコミュニティ、育児も教育も安全も、それさえあればお金で買う必要はない。それを「絆」と言うんだね。日本人には羨ましさと懐かしさがこみ上げる光景だ。

お、EVDってか? これが中国だとムカつくけど、ミャンマーだと微笑ましく穏やかな気分で楽しめる。でもこれ中国の規格かな?

酔っぱらいと乱入した学校では子供たちが大騒ぎ。でもみんな生き生きしてて可愛いなぁ。子供は子供を、男は男を、女は女を、年寄りは年寄りを、老若男女それぞれが正しく楽しんで生きてる感じがなんだか眩しいんだよね。


楽しげな音をたどると、夜の広場にステージが現れた。子供たちは未来の輝き、そんなことがごく自然に思えた。子供の未来は心配するものじゃなく、楽しみにするものなんだと、この夜のウキウキが教えてくれているようだ。


きれいだったな〜、スチュワーデスさん。タナカを顔に塗ってない女性を見るのは久しぶりだ。コートーンからヤンゴンの空路は、タニンダリー管区の主要都市メェイとダーウェイにも停まる各駅停車の旅だった。


魔都ヤンゴンでは夜の華が咲きほこっていた。民主化度合いは膝上何センチかで正しく測れる。国が開けば、いろんなトコが開くよ。国中から美女が集まり、ステージも女の子のレベルもコートーンよりはグッと上がったが、歌だけは絶望的なまでに......。

ビーチでピナコラーダを飲みながらふんぞり返っていると、フルーツおばちゃんたちがやって来た。わいわいガヤガヤとリゾート気分を盛り上げるのにはほどよいノイズが微笑ましい。そういえばこんな風に物売りに囲まれるなんて、この旅じゃ初めてだなぁと気がついた。旅の仕上げにやって来たミャンマー随一のビーチリゾート、ンガパリ。5キロも続くビーチラインに大型のリゾートホテルが立ち並ぶこんな場所で、もう冒険も探検もあるばずないけど、おばちゃんたちとの戦いが始まるのかもね。と思いきや、そんな戦いは全くなかった。素朴過ぎて、リゾートに向けて吐く毒もすっかり解毒されてしまったよ。この国で目指すものは、もう解脱以外に残っていない。

こんな朝の光景こそンガパリの真骨頂。大型リゾートが立ち並ぶ同じビーチラインに変わらない人々の日常があった。観光産業に依存しない素顔のミャンマー。取り残されてなどいない、現在進行形の営み。この旅で探し求めた澄んだ海や白いビーチはもちろん最高だけど、正しく海と繋がった人々の暮らしがあってこその真の輝きだ。朝日が村を照らし出し、新しい一日が騒々しく動き始めた。