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ガウチョが生きる町

Travelog | 2013.09.06
ブエノスアイレスを離れ西へ120km、サン・アントニオ・デ・アレコという小さな町がある。時が止まったかのように静かな町は、アルゼンチン人の独立心を象徴する「ガウチョ」が静かに暮らしている。本誌で紹介できなかったもうひとつのガウチョの町を紹介する

草の生い茂る鉄道駅、今にも崩れ落ちそうな倉庫が目を引く。

町中へ。馬車が走り、それが当たり前のように溶け込んでいる風景に静かな感動を覚える


川沿いの大きな木下でくつろぐガウチョに遭遇。マテ茶をまわし飲みながら何について話しているのだろうか。


いつか映画で見たような、アメリカの西部劇を思わせるノスタルジックな空気が表通りに漂う。


ガウチョが集うというプルペリアへ。日用雑貨屋と酒場を兼ねている。


プルペリアで働く女性に「ガウチョは?」と尋ねると「出直したほうがいいよ」との答え。彼らが町に集まるのは主に金曜日なのだそうだ。


いくつかあるアンティークショップへ。サン・アントニオ・デ・アレコには国内外からバイヤーが訪れるほど有名な骨董品の町。開拓時代の品々が積み上げられている。


一歩、町を出るとこんな感じ。とにかく町のどこを訪れても味のある、寂れた、やや物悲しい、独特の雰囲気で満ち溢れていた。


翌日は「国旗の日」という祝日。サン・アントニオ・デ・アレコ校外ではセレモニーが行われていた。ガウチョたちも続々と集結。


3人組のガウチョが馬に乗り、決められた時間内にどれだけ多くの牛を決められたゾーンに追い込めるかを競うゲームが行われ、彼らの一挙手一投足に周囲からは拍手喝采。


パンパ(アルゼンチンに広がる広大な大湿原)開拓の時代の盛装で会場を訪れる地元の人々。アルゼンチンならではの華やかなクラシック・スタイル。


ある人から「あれをごらんなさい」と指を指されたのが、日本人の名が刻まれたプレート。「ガウチョ・ハポネス(日本人)」と呼ばれる故・高野太郎氏の名前が。帰国後にインターネットで調べたところ、若くしてアルゼンチンに渡ったあと、テレビや音楽フェスへの出演をきっかけに1960年代のアルゼンチンで最も有名な日本人となり、1970年代に日本にアルゼンチン文化を広めた功労者と判明。ガウチョに尊敬される日本人がいるとは。