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巡礼ゾンビ、もう一匹の叫び

Travelog | 2013.10.02
北スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの道を行く~およそ800kmの巡礼の道を徒歩とチャリで踏破したのはもう3ヵ月も前の話。確かに全身に刻まれたはずの肉体的苦痛は呆気なく消え去さり、それを生々しく思い起こすことすら難しい。もはや他人事にさえ思えるあの18日間。残ったものは、部屋の隅に放り出したスタンプカードと巡礼証明書、そしてあの道は一体何だったのかという相変わらずの問い。核心的な答えにはほど遠くても、僕は問い続けるだろう、神に出会うその日まで。と、大風呂敷を広げたところで、さあ巡礼物語、行ってみよう!
  • 掲載号: TRANSIT22号 美しきスペイン / 撮影 : 山西崇文
  • ルート: サンジャン・ピエ・ド・ポー~サンティアゴ・デ・コンポステーラ

巡礼初日、いきなりのピレネー山脈越え。ゴールまで27kmという水平方向の歩行距離にばかり意識が行くが、実際には1400mの山を越える立体的な地獄が待ち受けていた。怠惰な都会暮らしの身にはなかなか効くね。景色は素晴らしく空気は美味いが、荷物軽量化のためおやつは持っていない。早くもバテはじめ、バナナを食べてる女子がかつてないスケールで恨めしい!

ピレネー山頂では霧に覆われ視界も悪い。霧に消える一本道を疑いもなく歩いていると、後ろから来た親切な車が正しい道を教えてくれた。アミーゴ、グラシアス!分岐点を見逃していたようだ。遭難なんて他人事だと思っていたが、案外簡単に危機はやって来るようだ。


神と独り静かに向き合うことと、その信者の集団が一人でも多く増えることにどんな関係があるのだろうか?世界の隅々に浸透するキリスト教に出会う度に、そんな疑問が浮かぶ。寄り道してやって来たザビエル城。トンスラ頭がお似合いのフランシスコ・ザビエルさん、こんな遠くから遥々日本までやって来たのはなぜ?闇夜に浮かぶ無言の不気味に、ただひたすら福音を届けたいという以上の企みを感じてしまうのは気のせいだろうか?


歩きの三日間を終え、チャリの初日。溜まった疲労のせいか、さっそく麦畑に転落した。地獄を見たぜ、オーマイガッ!這々の体でオブジェの立ち並ぶ峠に到着すると、気分のいい風と昨夜出会ったデブ女3人組の弾けた笑いが待っていた。宿で二段ベッドの梯子が上れなかったほどのおデブちゃん。あと700km......大丈夫か?けど彼女達は神の化身かもね。「笑って歩く」、大したメッセージじゃん!


ゾンビ編集長と生き別れになり、独りエステージャの街を彷徨った。夜景を撮りたいが、三脚は編集長の荷物の中。だからといって何も撮れないじゃ話しにならないし、絶対怒られるよ〜。地べたにカメラを置いて勝負した。ボツになったけどね。その夜は教会の下の広場で野宿。細胞の芯から疲れきっていてもそう寝付けるもんじゃない。翌朝合流して気がついたのは、川を挟んで両側に同じような景色の街並があったということ。ゾンビは別々にパラレルワールドを彷徨っていたのだ。恐るべしカミーノ!


果てしない道の先、目に見える果ての果てまで歩いてもまだゴールじゃない。浪漫に想いを馳せる余裕はとっくに消え去り、無心でペダルをこぐ。焦りは禁物、一日に進む距離なんて頑張りにそう関係なく決まってるんだから。


明らかに今までと違うオーラを放つ巡礼者を発見。声をかけると表情も変えず「腹が減ってるんだ、金をくれ!」と一言。口を開けばこの道への挑戦のサイズに関する話題しかないホリデー巡礼者とは一線を画す迫力。神の道という非日常においてさえ、ただ生きると言う日常の闘いから逃れる事はできない。


初めてのお泊りはバス停でした、なんてね!この夜、2人での初野宿。街中で寝る場所を見つけるのは結構大変。夜は結構冷えるし、風も激しい、何より無軌道な若者の襲撃が怖い。日没が22時辺りだから門限の早いアルベルゲ(巡礼宿)じゃ、夕景や夜景の撮影ができない。もちろん単純に街に着くのが遅過ぎるパターンもある。なんにせよ、朝早くから夜遅くまでフル稼働の巡礼暮らし、2匹のゾンビが殺し合わないのも一つの奇跡です。


サクラメントの儀式には神への忠誠の宣誓という意味があるらしい。かつての宗教改革では儀式の極端な儀礼化が返って信仰の喪失につながるとの批判も。真に神と出会うには、お金も儀式も必要ないと思うのだが......。内村鑑三の無教会、土着信仰的神との直接的交感などは、ことごとく教会から批判の的となった一方で、メイフラワー号で新大陸にやってきたピルグリムが作った最初の植民地では牧師を養成する為に学校さえ作った。後のハーバード大学だ。白熱教室とやらで叫ぶスタンダードな正義のベースにはしっかりとキリスト教が張り付いているのだ。昔から人と神の間には様々な権威が割って入って来た。直接神様にアクセスされちゃ商売あがったりだし、独りで神と繋がる方法を多くの人が知らないのだろう。でもま、いっか、このおばちゃんが今夜よく眠れるならね!


アルベルゲと呼ばれる巡礼宿では、巡礼定食が微妙に安く振る舞われる。一日歩いてきた巡礼者同士がテーブルを共にし、ワインを酌み交わし交流を図るのは辛い巡礼での楽しいひと時だ。前菜ヒヨコ豆のスープ。メインはよく覚えてないけど、微妙な感じのハムステーキのようなハンバーグのような......。あ、でも笑顔とヴォリュームは満点だし、ワインも一本付いてます。


巡礼路中最も長い橋。ガイドブックには必ず紹介される名所だけど、特に面白くはない。興味は名所巡りではなく、この道に神はいるのかというただ一点のみ。神を携え世界征服に乗り出し、神を巡って血を流して争ってきたんだ、ここに神が居ないなんて言わせないぞ!目に見えない神をいかに撮るか、今回の撮影の一つのテーマ。これは赤外線撮影。でもこんな小細工に写るほど神は間抜けじゃないよね。

絶対的に正しい創造主が造った絶対的に正しい世界。チェコの小説家ミラン・クンデラはヨーロッパの根底にある世界観をこう記した。さて、ブルゴスの大聖堂で見た「ムーア人殺しのヤコブ」の雄姿。彼が白馬を駆って殺しまくったムーア人とは、一体誰の作品なのだろうか?創造主の造った正しい世界に、駆除しなければならない人間がいるのか?まぁ異教徒の無邪気な疑問です、お気を悪くなさらないで。

ゾンビ編集長大ピンチ!これは汗じゃ〜ないんです。小さな水膨れなんです。その小袋の一つひとつに悪魔の汁が......。スペインの日射しは天使にも悪魔にもなるのだ。


世界遺産的商売臭が全く漂ってこない休憩ポイント。ヒッピー的で妙に和む。「まぁゆっくりしていけや!」と、ただこの一言が本物の"オ・モ・テ・ナ・シ"じゃないだろうか。「先を急ぐだけじゃ答えは見つからないよ」、なんて言いたげなソファの主であった。


巡礼の道を少し外れると、その土地での生活が現れてくる。非日常と日常のレイヤーを横から眺める感じかな。そこに暮らしというレイヤーを発見できると、神の道もまた違った顔を見せてくれる。


5km歩いたら休憩、なんとなくそんなゾンビのルール。しかし、このパエリアにはやられた。まだ1kmも歩いてない辺りで現れてゾンビを堕落の王国へと誘う。悪魔の罠だよ、ったく。まあ、燃料切れじゃ歩けない。「ドス カーニャ、ドス パエリア ポルファボール!」到着が30分遅れても何の問題もないよ!


なにやら聞き慣れない音で振り返ると白い馬が迫っていた。木漏れ日の道を颯爽と駆け抜ける白馬の群れ。こういう突然は退屈を吹き飛ばしてくれて、無邪気に嬉しい。道中、そういつもドラマチックでもないんで。


コンポステーラまであと5km。日没寸前に歓喜の丘にたどり着いた。立つだけで悲鳴が上がるほど痛む足を無理矢理踏み出し、神経をぶっ殺して歩いた30km。何度も現れるどこかの宗教並みにしつこい坂に泣かされながら、やっとの到着だ。像の指差す先に小さくコンポステーラの先っぽが見えた。そこで待っているのは肉体的苦痛からの解放、道そのものからの解放、この物語からの解放だ。


昨日、苦しい最中に森で出会ったキリスト似の男は一足先に到着していた。ゴールの喜びで賑わう人々の喧噪のど真ん中で、独り静寂のスポットに包まれる。彼にとってここは、チャレンジ達成の喜びを爆発させるゴールではなく、ただ「生」という満ち足りた瞬間の連なりのひとコマなのだろう。道の果てで、人と神が真に出会うなら、それは美しい瞬間だと思う。


コンポステーラのミサにて。最後の神の道の奥からこちらへ向かって歩いて来たのは、神の代理人を名乗る集金人。大きな袋を嬉しそうに、信者の気持ちを煽るように上下に揺さぶって福音を約束するリズムを刻む。ジャラジャラと下品な音さえ荘厳に響き、その魔法からは誰も逃れられない。800kmの苦難の果てでゾンビを待ち受けていたのが神じゃなく集金人だとは、なんて下世話な道だろう。金遣い荒い神様なんて信じたくないけど、毎日集金しなきゃ神の神殿は崩れ落ちてしまうのか?人間が作った箱の中の茶番。人間が人間に仕掛けた神という名の罠。もういいんじゃないか!

Let there be light. 光りあれ!神がそう命じ、世界が始まった。でも神よ、あなたの命じた光は世界を照らすと同時に影も生んだのでは?神の目線から箱の中に射し込む光を見て、そんな疑問が頭に浮かんだ。


ここが本当の核心地、聖者ヤコブの眠る棺。あの中に本当にヤコブが眠ると信じられる者だけが救われる。ジョン・レノンレベルのイマジネーションが求められる瞬間。


サンティアゴ・デ・コンポステーラから約90km、巡礼最後の夜は世界の果てでの野宿で締めくくった。その昔、地球が平だと信じられていた時代の世界の果てが、まさにここフェステーラ。太陽が水平線に沈むこの場所は、生と死、彼岸と此岸、死と再生、そんなメタファーのメッカだ。しかし大航海時代、キリスト教徒は世界の果ての彼方に新大陸を発見してしまった。自らメタファーの喪失を招き、再生の象徴でもあったサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路は長い間廃れることになる。おおコンキスタドールよ、なんと野暮なことを。太陽がまた世界を照らし始め、ゾンビ2匹はユーラシア大陸の端っこで浅い眠りから目覚めた。


そのコンキスタドールの足取りをたどってカナリア諸島へ飛んだ。ギリシャ神話で語られる、黄金の林檎の樹がある「ヘスペリデスの園」がこの島にあったという説もある。食べたら不老不死の魔法の林檎だね。そしてテネリフェ島では意外な物と出会った。ピラミッドだ。しかもそれはマヤやアステカのものと多くの類似点があるという。征服者スペインが新大陸を発見する遥か昔に、新大陸の方から古代文明がここまでにじり寄って来ていたとしたら、これは随分と痛快な話しではないか。だけど結局はスペインによってこの島も征服されてしまう。大航海時代、世界のいたるところで原住民を蹴散らしいつの間にかスタンプで押したように突如現れたスペインという暴力。500年経っても擦れもしないスタンプ。人間の好奇心、使命感、どちらも高純度になれば征服欲に転じ、正義という称号さえ与えられてしまう。


旅の最後の夜。グランカナリア島の南にある砂丘へ向かった。振り返るとファイブスターのリゾートホテルの群れが楽しげな光を放っていた。金さえあれば信じる神などいなくても、何でも手に入る魔法の王国だ。だが身分や人種や宗教さえ超えて「お金」という名の神によって初めて人類は平等を手にしたのかも知れない。神を信じない者は地獄に堕ちるが、金を掴めない者もまた......。


残念ながら人間は、丸裸の自分と本当の神様がいれば事足りるようなデキた存在ではない。偽物の神も、儀式も、生け贄も、メシアも、トーラーも、マハーバーラタも、愛人も、ノスタルジーも、差別も、アミーゴも、噂も、未来も、記憶も、ゲノムも、癒しも、殺しも、レアメタルも、ヘヴィメタルも、血も、トレパネーションも、アカデミー賞も、エクサスケールも、原発も、福袋も、絆も、呪いも、核も、革命も、満腹も、とにかく全部欲しがるどうしようもない存在だ。だからいま地球はものすごくハイな状態で能天気に回っているんだろう。欲望の星、欲望にうんざりした人間の道。歩くしか術のない人の道、満たされた人間の歩く道。歩いても歩かなくてもいい道、行っても行かなくてもいい場所。でも、みんな何かを求めている。いま以上に何かが欲しく、いま以上の自分に出会いたい。それがいつも人を突き動かしているんだろう?神の道の終わりで待っていたものは、答えではなく、むしろ問いだった。神とは?人間とは?そして誰からも指し示されていない道へと、また歩きはじめる。


最後に、800kmの苦闘を4分にまとめたムービー『つらいぜジーザス Oh my GoooooD!』を奉納致します。お客様は神様ですので。是非ヘッドホンを着用の上、爆音でお楽しみください。最後のシーンは、哲学的な問いです。ミラン・クンデラが『存在の耐えられない軽さ』で投げかけた疑問、「神が人間を自分に似せて造ったとしたら、神にも腸があるのだろうか?」を僕流に盛り込んでみました。腸があればもちろん......ブリブリ......。人間が神と同じ姿だなんて、思い上がりもほどほどに。あいつこそが......。


  • 掲載号 : TRANSIT22号 美しきスペイン / 撮影 : 山西崇文
  • ルート: サンジャン・ピエ・ド・ポー~サンティアゴ・デ・コンポステーラ