TRANSIT /  Travelog  / TRANSIT25 / BRASIL  / here

嗚呼!!花のリオ・デ・ジャネイロ!

Travelog | 2014.08.29
この街はなんでこんなに気分がいいんだろう? そればかり考えていた。でも理屈じゃないんだ、気分なんてものは。素直にこの街に溶け込んで楽しめば、そのうち何か答えが見つかるかもしれない。太陽のような能天気な情熱と、はびこる貧困がもたらす緊張渦巻く魅惑のメガ都市リオ・デ・ジャネイロ。正直、本誌の特集で僕は僕のリオを出し切ってしまった。困ったもんだ。だからこのトラベログは、旅行者と言う一介の通りすがりらしく、楽しく旅日記風に勝負してみようと思う!また別の僕のリオが浮かび上がるかも知れないからね。

2013年12月某日。リオに到着。レメと呼ばれる地元の人々でにぎわうビーチの端っこから、まずはブッシュっと缶ビールの栓を抜き、リオとの再会に乾杯。7年ぶりだ。ビーチラインの連なりの先には華やかなコパカバーナが見える。しかし早速問題勃発。今回世話になる女性への電話が通じない。どうやら番号が違っているらしい。早くもキオスクの人々の親切を受けながら、まぁ住所があるから、とりあえずそこまで歩いて行くか、と、気分は"なんとかなるさモード"へと突入して行くのであった。

「アハハハ、なんか番号の最後が違ってたみたいね!」電話番号の伝え間違いを笑い飛ばしながら、ラファ登場。今回お世話になる女性だ。そしてめでたく我が家となった物件のリビング。ここはコパカバーナにほど近いファベーラ、バビロニア。その昔、アカデミー賞にも輝いた映画『黒いオルフェ』の舞台にもなった場所だ。物騒なイメージのファベーラだが、なんとなくのどかなボサの時代を感じさせるのは白ネコ・マジックの成せる技だろうか? ネコに遠慮してガレージのハンモックに寝床を確保。宿代が高騰するこのシーズンに格安の寝床はなによりありがたい。

早速、ラファと二人で夜の街へと繰り出す。週末のラパではリオの先端をいく人達が集まって熱い夜が繰り広げられていた。男か女か、もうよくわからないけど、リオクオリティのおっぱいとお尻に、とりあえずは食いついてみる。

お次ぎは、名門サルゲイロのサンバを見る。巨大な体育館のような会場で、飲んで踊って夜通し盛り上がる。リオに着いた初日の夜にここに連れて来られたが、気分がリオに追いつかずに戸惑うダザい僕、って感じか? 東京を引きずったままの気分でこの熱気に同化するのは、ちょっとハードルが高いね。

ファベーラの夜。少なくともここバビロニアではギャングの暗躍する時代は幕を閉じ、夜でも眩しいコパカバーナを見下ろすバーで飲み明かす。各国からやって来てここに住み着く若者も多い。交り合いから新しいナニかが生まれる。リオカルチャーの最先端がここにある。

街中に溢れるダンディで何気ない日常。セントロを見下ろす丘の上を散歩中に出会ったおじさん。トランプ大会は真剣勝負か、それとも暇つぶしか? なんとなくの洒落具合と人間臭さとのブレンド加減の絶妙さが、リオの魅力のひとつなんだろうね。

セントロにて。やっぱりというかなんというか南米大陸的なダイナミックな欲情がアツアツ亜熱帯な感じで、街の活気というのはこんな下世話が結構な部分を担っているんじゃないかと...。まぁそんな社会学的考察などこの柱の前では一切の意味をなさないのでありますが、僕の下半身の活気というものがムクムクとアツアツド熱帯な感じでありまして、え〜その〜。

なんだかジャック・スパロウのようなアクセサリー売りの男。「おれはインディオだからよ〜、いつもトカゲやヘビを食ってるんだぜ、参ったかイェイ!」と、ここが広大なブラジルの大地の一部だったという事を思い出させてくれた。

街はクリスマス気分!スーパーのレジにもサンタクロースの登場なのだ。広告代理店臭のまったくしない素朴な演出。クリスマスに素直に浮かれる心、随分と昔にどこかに置き忘れて来てしまったそんな気分をなんだかふっと見つけたような懐かしさが襲う。ありがとう、サンタさん。

友人ジオに招かれて、郊外の街サン・ジョアン・デ・メリチへ。ひょうきんな親戚や仲間達が温かく迎えてくれた。いつでも帰れる場所があるってのはいいもんだ。


地球よ、愛と平和と友情で華麗に回れ!やっぱウケは抜群にいいね、漢字!

尻、尻、尻!女性達の"しり"がダイナミックに躍動する、クリスマスイヴのキッチン!みんなが集まって、うれしく楽しく忙しいのがこの日の醍醐味なのだ。

ハバナーダ(Rabanada)というクリスマスのお菓子。平たく言えばエグいほどクドいフレンチトースト。"揚げ"という工程が入っているだけあって「これを食うと太るぞ〜!」と、すでにポッチャリのみんなも危険物扱いしていた。

12月25日、午前0時。日付が変わるといよいよクリスマスパーティの始まりだ。でもラテンだからって安易にバカ騒ぎなんかしないよ!まずはみんなで手をつなぎ目を閉じてお祈りから。みんなの幸せと健康を祈って...。ちなみに、彼等の宗派はROMAN CATOLIC APOSTOLC。なにがどう他と違うかなんてさっぱりわからないけど、ただひとつの神を巡る無数の宗派...、おっと危ない、批判めいた事などこの聖なる夜に野暮な話し。この瞬間、どの家々も手を取り合って繋がり目を閉じ祈りを捧げる。世界が神様のせいでおかしくなったりするはずがないじゃ、おっと危ない、批判めいた事などこの聖なる......

クリスマスの夜。自分の居場所に当たり前にある安心感。家族の愛に無自覚に包まれて、楽しすぎてはしゃぎ過ぎて疲れ果てて眠りこける幸せ。残念ながら、あんまり自分の記憶にはないこんな光景。おれは叱られるために生まれてきたようなクズなガキだったからなぁ〜、今度生まれ変わる時はこの家の子になろう!

翌日、ダイナミックボディな親戚のおばちゃん!あの危険物ハバナーダの結末? フライパンではまた別の危険物が。油断は禁物、デブの元はすぐにお皿に乗ってやって来る。

ここはコルコヴァードの丘に立つあのキリスト像の中にある教会。外の喧噪とは正反対の静寂が満ちていた。随分と地味だが...。世界遺産のみならず、2007年には『新・世界七不思議』に選ればれたらしい。ス・ゴ・イ!

コルコヴァードの丘からリオの街を見下ろす。入り口の幅が1.5kmしかないグアナバラ湾を川と思い込んだことと、それが一月だった事にちなみ「一月の川(リオ・デ・ジャネイロ)」と命名された。1501年、"発見"したのはポルトガル人探検家ガスパール・デ・レモス。先住民のトゥピ族から見れば、陳腐で間抜けな"発見"だが、新大陸の物語は常に白人様の"発見"から始まり、それは神の後ろ盾を得た、崇高で偉大な冒険の成果なのだ。はた迷惑で強制的な混じり合い、それが歴史というものの一面の正体なのかもしれない。やや大げさに歴史などに思いを巡らせるには絶好の場所だが、残念ながら20時にはここから追い出されるため夜景をゆっくり楽しむ事はできない。それでも、夕暮れ時の大パノラマはリオに来たなら是非見ておきたい。

ある日、撮り残した場所を車で回ってくれるとジオが申し出てくれた。それではと、お言葉に甘えて出かけたのはバハ・ダ・チジューカというリオ西部の街。近年リオは急成長中、ハイソでセレブな新興都市も西へ西へとグングン増殖中なのだという。貧困に窮するファベーラだけが膨張しているわけじゃないようだ。ここではご覧の通り、世界中の名物を集めたショッピングモールもあり、なんだかキッチュな雰囲気。急ごしらえの新興都市なんて薄っぺらい都市計画の青写真にレゴで高層ビルをボンボン積み上げるようなもんだから、不愛想だし風情のへったくれもなくったってちっとも驚かないけどね。魅力的な旧リオをそのままに、そうじゃない一切合切をこのエリアに持ってくるのは悪くない話しだ。あ、他にも、ピサの斜塔やエッフェル塔、我らがニッポンの真っ赤な鳥居もあります!

このエリアに来た本当の目的は、2016年のオリンピック予定地の視察。サーキットだったという広大な土地がオリンピック施設に生まれ変わるという。張り巡らされたフェンスには、シド・ミードが描いた未来予想図のような完成イメージが誇らしげに大きなパネルになっていた。もはや素敵な未来に憧れる事そのものが懐かしい行為なのかもしれない。嫌だね、大人になるってのは!フェンスの隙間から覗いていると、守衛の男が出て来て気だるそうに話してくれた。「今はクリスマスシーズンだからね、年が明けたらちゃんと働くよ」いや〜、責めてないですよ、僕。サボってるなんて言うつもりないですから〜。基礎工事、しっかりとやって下さいませ。


リオから西へおよそ100km、ぽっかり浮かぶリゾートアイランド、イーリャ・グランジ。自然を極力残したままの開発がうれしい。その一方で対岸のアングラ・ドス・レイスには原子力発電所もあり、なかなか気分のやりどころに困ったりもする。島の反対側へ抜けるトレッキングコースでは、ところどころ秘密っぽいビーチが現れ、冒険気分を盛り上げてくれる。今でこそ小洒落た隠れ家リゾートだが、その昔はハンセン病患者を隔離したり重犯罪人を島流しにする島だったという。

僕らが目指したのは、島の反対側ロペス・メンデス。あと一息風に見せかけて、ここからが山を越える本番の始まり!自然はそんな甘くはないけど、達成感はボートでピロっといくツアーじゃ味わえない。

眩しすぎるぜハニー!柱の女たちとのクオリティの違いにクラっとくる!3時間のトレッキングの末に辿り着いたロペスメンデスビーチ!いいなぁ〜、こんな彼女とビーチ de デート。特に添える言葉もないよう な写真なんだけどね、なんかとっても羨ましいっつ〜か、ムカついたもんで!

島を出て対岸の原発へ。バス停を降りると真ん前に現れた。どうせ遠景に小さく見えるだけだろうと期待はしていなかったのに...。僕らの世界は、暴走の可能性を秘めた危険物に支えられていて、僕らの欲望はその潜在的恐怖を無邪気に飲み込めるほどに肥大化してしまったのだろうか? なんてことを皮肉まじりに考えながら、この景色を楽しんだ。果報は寝て待て、ライトアップを願いつつ、絶好の見晴らしポイントで昼寝のラファ。20時きっかりに、見事ライトアップと相成りました。お陰で、帰りはヒッチハイクにトライするハメに。

メガ・ファベーラ、コンプレクソ・ド・アレマニョを最初に訪れたときのこと。ジオが気を利かせてくれて『TIME』誌の世界のジャーナリスト100人にも選ばれたという友人とのアポを取ってくれた。結局は忙しくてスっぽかされたけどね。でもそれで良かった。そんな権威様にお話を伺ってしまったんじゃ、生身で感じた僕のファベーラを表現する機会を失ってしまうからね。生々しい感情、旅はいつもそこから動き出す。2度目に一人で訪れたときには、ロープウェイが嵐に遭い途中で止まってしまって無駄な恐怖を味わうハメに。お陰さまで、大いに生々しい自分の感情に出会えた...。

嵐のファベーラ怖かったからね、ケツで癒されたい!

年越しが待ちきれないビーチ沿いの大通りでは、マッチョでプリティな面々が行き交う。夜、年越しの花火撮影では、酔っぱらって盛り上がったマッチョの群れに押しつぶされて死の恐怖を味わった。マッチョ、群れると危険物以外の何者でもないわ。


我がファベーラ、バビロニアの昼下がり。しょぼい店の前でビールを飲み、ホースで水をかぶり、大音響の音楽に合わせてダンス、ダンス、ダンス!


1930年のコパカバーナ。ビーチラインはまだ隙間だらけで、遠くまで見晴らしがいい。隙間なくギッチリ高密度な今のリオも好きだけど、こういうの見ちゃうと、やっぱり羨ましい気分がこみ上げる。海も今よりずっと綺麗だったんだろうな!


リオの中でも、一番好きなのはこの時間のこの場所。イパネマとレブロンのビーチの境目辺り。ふたこぶラクダのような兄弟山にファベーラの灯りがともる時間。自由な気分と、リオの切なくシビアな現実とすべてが溶け合う、まさにサウダージな場所。この旅2日目にして、不覚にもここで襲われてしまった。


新年の朝、青年実業家ジオはさっそくお仕事。年明けの初仕事は自宅でのテレビ番組のインタヴュー収録。なんでも「新年の願いを叶えるためのアドバイス」というテーマだという。う〜ん、ジオ、こんな立派な人だったんだね。この旅でのありがたい出会いに感謝。


「タカはこの家族といると本当に毒気を抜かれるね!」年明けの花火大会の後で、ジオの家族と合流したときの僕の様子をみて、ラファは思わずこう漏らした。黒人と白人がどうの、キリスト教がいかに新大陸侵略の道具としてどうのこうの、いつも口を開けば突いて出てくるそんな言葉たちはもう出る気配すらないのだ。無条件に自分を、存在そのものを認められ、包み込まれてしまえば、それらの実際には自分の目下の生活には無関係な人類の歴史のあれやこれやなどどうでもよくなってしまうのだろう。他人の家族に入り込むちょっとした居心地の悪さと、それを軽々と飲み込む彼らの懐の大きさへの安堵とが絶妙にブレンドされ、えも言われぬ心地よさに包まれる。「都会では人は人々と住むのではない、人々の中に住んでいるだけだ」大好きなある言語学者の言葉だが、リオではやはり人は人々と住んでいるのだと思える。リオの日々は、もちろん仕事だし辛い事もたくさんあったが、思い出す度ににやりとしてしまうほど幸せだった。つかの間彼らと共に過ごした日々で、その幸福感の謎への答えとして立てた仮説はこうだ。「生まれながらに認め合い、許し合う人々」随分と大げさにも思えるけど、実感したんだから仕方がない。なにか決定的な瞬間を掴んでこう思ったのではない、なんとなくモクモクとそんな思いが湧き上がってきたのだ。例えば、子どもへの接し方だったかもしれない、バスで隣り合った男との世間話だったかも知れない、街中を叩き起こす勢いで鳴る朝っぱらの爆音音楽だったかもしれない。そんな無数の断片が、ふとそんな仮説を浮かび上がらせたのだ。日本と逆だよね、学校でも職場でも、ママの集う公園ですら、僕らは悲しいほどに認められるために生きている。そして許されない前提の世間の中で、ただひたすら迷惑をかけないよう注意深く生きている。悪い事ではないんだろう。それがいにしえより培った僕らの秩序だ。でも東京での僕はあのリオの感触が無性に懐かしい。地球の裏側に僕らと反対の世界がある、それは結構な福音なんだと思う。リオブリガ〜ド!