旅と本と映画
タイを知る5作
福冨渉選

COLUMN | 2020.05.03

本や映画で旅をしよう。各国に造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載の第三回。

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大型連休にタイに行く予定だったという方も多かったのではないでしょうか。
プラーブダー・ユンやアピチャッポンといったビッグネームから、シンガポールの若手監督が作ったロードムービーまで、タイ文学研究者であり翻訳・通訳者の福冨渉さんが、タイの旅に触れられるような作品を選んでくださいました。


タイを知る5つの本と映画
文=福冨渉


『新しい目の旅立ち』
プラープダー・ユン著 福冨渉訳(ゲンロン)

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 旅をすることの効能は、単に居場所を変えるというだけではない。新しい経験と出会いのなかで、自身のこれまでの思考を分解して、組み直す。そうして手に入れる「新しい目」で、自分と世界を見つめ直す。

 30代なかばを迎え、自分自身への「飽き」に耐えられなくなったタイのカリスマ作家プラープダー・ユンは、「自然」に関する哲学を調査研究するために、フィリピンへの旅を決意する。彼が訪れるのはフィリピンの人々が恐れる「黒魔術の島」、シキホール島だ。スピノザ、ソロー、ラヴロックといったさまざまな思想家の「自然」についての思索を丁寧にたどりながら、彼はシキホールに暮らす人々や「魔女」と交流を続けていく。彼自身の実際の旅と、「思索の旅」が重なる旅路の先で、彼は、自らが「逃げ続けてきたもの」に出会う。そうして彼は、また自分の家であるタイに帰っていく。

「タイ」や「東南アジア」であることを超えて、現代世界に生きる同時代の「わたしたち」の誰もが直面する壁がある。その壁を、重なりあった2つの旅のなかで手に入れる「新しい目」とともにすり抜けていく哲学紀行文。


『地図がつくったタイ:国民国家誕生の歴史』
トンチャイ・ウィニッチャクン著 石井米雄訳(明石書店)

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 旅には地図が必要だ。新しい場所を訪れるときの友として、まだ見ぬ場所を想うときの手がかりとして。だが同時に地図は、「わたしたち」と「わたしたち以外」の境界線を示すことで、わたしたち自身のあり方を規定してもいる。

 本書は、19世紀末のタイにおける西欧列強との国境画定交渉のなかで導入された地理学、そして地図作成技術が「タイ / タイ人」という国家と国民の観念を創造したと指摘する。この新しい国家・国民・共同体・空間の想像・認識を、著者は「地理的身体(ジオボディ)」と称し、その存在が、現在にまで続くタイ・ナショナリズムの流行を支えていると指摘する。

 国家も国民も「創られた」ものであると考える構築主義的なアプローチは、いまや決して新しいものではない。だが、世界各地で「わたしたち」と「それ以外」を分断する言説が力を増し、対立・差別・格差が正当化される現代だからこそ、もう一度「わたしたち」のあり方を考え直す必要があるのではないだろうか?

 国境が次々と封鎖され、「世界をつなぐ」夢や希望が潰えてしまったかのように見えるいまだからこそ、読まれるべき一冊。


『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド:TRIP TO ISAN』
Soi48(宇都木景一・高木紳介)著 (DU BOOKS)

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 サブスクリプションサービスで好きなだけ音楽が聴ける。CD、レコード、カセットですら、インターネットやSNSを通じて手に入れることができる。家から出ることなく世界中の音楽が聴けるこの時代に、わざわざ音楽のために旅をする理由はなんだろうか。それはもちろん、そんなグローバルな流通網には乗らない音楽が各地に点在しているからであり、また、そこにその音楽を奏でる人々が暮らしているからだ。

 本書は、2人組のDJユニットによる、東北タイ=イサーンの音楽、モーラムとルークトゥンのディスク・ガイドだ。まさに「渉猟」という言葉が当てはまる、700枚のディスク・ガイドも圧倒的だが、それを超えて圧巻なのは、現地アーティストやプロデューサーへのインタビューの数々だ。ウェブインタビューや「配信」では決して伝わりえない、彼らの「旅」とその熱意が、日本はもちろんタイですら聴くことは難しい、イサーンの人々の声を引き出している。

 旅を続けてディスクを掘る彼らの姿は、18世紀の昔から時の権力に翻弄され、移動を続けてきたイサーンの人々の姿にも重なる。彼らの抵抗と、そのルーツと、故郷への想いとともに旅をする一冊。
 

『光りの墓』 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督
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 夢は全能の旅だ。どんな不可能なことでも、どんなに遠い場所へでも、夢の中なら行くことができる。

 本作は、東北タイ東北を舞台にした作品を数多く撮影してきたアピチャッポンが、2014年のタイ軍事クーデター後に撮影した長編だ。東北タイの病院で、原因不明の「眠り病」にかかった兵士イットの看病をするジェン。ジェンは、ラオスの王女たちの亡霊から、病院の地下に古代の王たちの墓があり、そのことが兵士たちの眠り病を引き起こしているということを知る。患者の前世や過去の記憶を見ることができる女性ケンの助けを借りて、ジェンは、イットの夢の中を旅することになる。

 夢の中では、どんなことでもできる。現在と過去、生と死、分断された「タイ」と「ラオス」の境界を簡単に飛び越える。極彩色の宮殿や豊穣の大地を舞台に、ジェンとイット、2人の夢と恋が交わる。

 だがその幸福や全能感を捨てて、彼らは目覚めを選ぶ。すべての眠りと夢は「もっと良い未来」のために存在するのだと、彼らは知っているからだ。

 悲しみと怒りに満ちた現実の先を見すえるために、しっかりと目を開ける。そういう希望を与えてくれる作品だ。
 

『ポップ・アイ』 カーステン・タン監督
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発売元:トレノバ 販売元:ポニーキャニオン 価格: DVD 3800円+税
(C)2017 Giraffe Pictures Pte Ltd, E&W Films, and A Girl And A Gun. All rights

 ふらふらと漂うような先の見えない旅でも、「道連れ」がいることで、倒れることなく、一歩ずつ前に進むことができる。

 シンガポールの若手監督カーステン・タンの長編第1作となった本作は、中年男性と「ゾウ」が歩いてタイの国土を縦断するロードムービーだ。仕事に行き詰まり、妻との関係も悪化した建築士のタナーは、バンコクの路上で、幼い頃に飼っていたゾウ、ポパイを見つける。ポパイを連れて家出したタナーは、故郷である東北タイを目指して、500キロの道のりを歩いていく。

 居場所も、拠り所もない人々を描く映画だ。タナーも、妻のボーも、彼が道中で出会うホームレスも、トランスジェンダーの娼婦も、時代に取り残されて、漂っている。長旅の果てにたどり着くタナーの故郷も、その姿を変えている。そんな終われない旅の終わりに、唯一の拠り所であるポパイの確固たる存在すら揺らぐ真実が明らかになる。

 それでもなお、タナーは、元の暮らしに戻ることを選ぶ。たとえそれが漂うようなものであっても、彼がこれまで一歩ずつ進んできた足跡が消えることはないからだ。

 ゾウの背中に乗ったときのような、不安定で、しかし確かな一歩の旅を新たにはじめるための作品。


福冨渉(ふくとみ・しょう)
タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。鹿児島大学グローバルセンター特任講師。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にウティット・ヘーマムーン『プラータナー:憑依のポートレート』(河出書房新社)、プラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)。 Twitter
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