旅と本と映画
韓国を知る5作
斎藤真理子選

COLUMN | 2020.05.13


本や映画で旅をしよう。各国に造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載の第四回。


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『82年生まれ、キム・ジヨン』『保健室のアン・ウニョン先生』など、話題の韓国小説を多数翻訳している斎藤真理子さんが、韓国社会で生きる人たちの人間らしさ、たくましさを感じられるような作品を選んでくださいました。


韓国を知る5つの本と映画
文=斎藤真理子


『フィフティ・ピープル』

チョン・セラン著 斎藤真理子訳(亜紀書房)

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 旅先で出会った忘れられない人。誰にでもそんな思い出があるでしょう。この小説には、そんな人たちがわんさか登場します。韓国のとある町の大学病院をハブとして、医療関係者、患者として訪れた人、通りすがりに病院前を通った人まで、約50人の物語をつなげたユニークなスタイルの短編集です。

 人物の一人一人が愛おしく、切実で、応援したくなる魅力でいっぱい。ある章で主人公だった人がさりげなく他の章にも名前を伏せて出ていくるので、そのつながりがわくわくして楽しいのです。韓国のさまざまな社会問題や、その解決のために努力する姿がさりげなく書き込まれているのも特徴。次はどんな人かなあと夢中で読んでいき、気がつくと励まされている......本書の長所はここだと思います。

 著者のチョン・セランは1984年ソウル生まれの女性、若い世代を中心に圧倒的な信頼を集めている頼もしいお姉さんのような作家です。この作品によって「韓国日報文学賞」を受賞しました。韓国の「今」をこれ以上ないほどビビッドに描きつつ、世界につながる普遍的なメッセージが広がります。

『アリランの歌――ある朝鮮人革命家の生涯』
ニム・ウェールズ、キム・サン著 松平いを子訳(岩波文庫)


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『フィフティ・ピープル』の読書が「今」の韓国への旅なら、こちらは歴史への旅。1905年に朝鮮北部に生まれたキム・サン(本名:張志楽)が、日本→満州→上海→北京と移動しながらいかにして革命家になっていったかを描く、スケールの大きい一代記です。これを書き記したのはアメリカ人女性ジャーナリストのニム・ウェールズで、本書の成立は奇跡のような偶然の産物でした。1937年、毛沢東らのインタビューのために訪れた延安で、図書館から目立って多くの本を借りている人物をニム・ウェールズは見つけました。それが当時32歳の朝鮮人革命家キム・サンだったのです。

「そう、(朝鮮人は)生来温順で寛容です。しかしがまん強い人間が少し長くいじめられすぎた時の怒りほど激しいものはありません。おとなしい水牛にはご用心です」。そう語る彼の人間性にニム・ウェールズは強く惹かれ、彼を通して朝鮮への関心を深めます。

 日本の植民地にされて以来、朝鮮の独立運動はその開始の時点から否応なく国際性を帯びていました。それは朝鮮内での活動がきわめて困難だったためです。この国の人々が近代化以降、世界で経験した旅程を総合したら膨大なものになりますが、中国革命に同伴しながら朝鮮の独立を夢見たキム・サンの旅もその一端でした。国境を越えて旺盛に活路を求める姿勢は、現在の韓国人にも引き継がれています。

 個人的なことを言えば、今から40年ほど前、私が韓国・朝鮮のことを知りたいと思いはじめたころ、女性の先輩に「やっぱり、これかな」と教えてもらったのがこの本でした。一見、自分と接点がないように思えるかもしれませんが、世界に開かれたこの本を知ることは、東アジアの近代化を、ひいては自分自身を見つめることに必ずつながります。

『素晴らしい一日』
イ・ユンギ監督


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価格 3800円+税 発売元 ミッドシップ/スタイルジャム 販売元 ハピネット 
(C)2008 SPONGE ENT. ALL Rights Reserved.


 ソウルに暮らす人たちの情緒がじっくりと伝わってくる、とびきり上等のロードムービーです。

 ある日突然、別れた恋人から借金を取り立てようと場外馬券場に現れる元カノ。そしてのらりくらりと対応するダメ男の元カレ。元カレは一文無しなので二人は結局、借金を代わりに払ってくれる人を探して1日がかりの「集金旅行」に出かけます。ダメ男役のハ・ジョンウ、きつい性格の元カノ役のチョン・ドヨンの間にはピリピリ緊張感が走りっぱなしですが、それが次第に変化していくところが見もの。二人の演技が達者な上に、お金を貸してくれる脇役のみなさんも名演技揃い。頑張って生き、旺盛に怒り、反省するときには力いっぱい反省する率直な韓国人の姿が魅力的です。

 実はこの映画、原作は平安寿子さんの同タイトルの小説ですが、原作にはないエピソードも加味されています。原作を読むと、映画では韓国らしい味つけがどのように施されているかもわかって、なおさら楽しいかもしれません。


『怪しい彼女』

ファン・ドンヨク監督


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価格:DVD・Blu-rayともに¥4,700+税 発売:CJ ENTERTAINMENT JAPAN 販売:ポニーキャニオン

© 2014 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved


 ある日突然、心は70歳のままで20代の体になったおばあちゃんが活躍する楽しいエンターテイメント。20歳の姿を演じるのは最近、『新聞記者』で日本アカデミー賞を受賞したシム・ウンギョンで、おばあちゃんっぽい仕草や言葉遣いと、レトロなワンピースで歌って踊るステージ姿のギャップがとてもキュートです。

 一方、70歳の彼女を演じるのは堂々のおばあさん俳優ナ・ムニ。人情たっぷりですがちょっとがさつで自分勝手、息子への愛が強すぎて、息子の妻を追い詰めてしまいます。けれども徐々に、彼女が朝鮮戦争で夫を亡くし、歯を食いしばって息子を育ててきた半生記が明らかになってきて......これはもう韓国の国民的お約束の設定。

 この「お約束」には、日本の朝ドラに出てくる戦争で苦労するお母さん像よりずっと強度があると思います。やっと日本から独立したのに、その5年後には悲惨な戦争を迎えたという悲劇性と、いまだに南北は分断されたままという現在性を考えればそれも当然。楽しいエンタメ映画にも歴史の重みが自然に溶け込んでいることを味わってください。


『テロ、ライブ』

キム・ビョンウ監督

 ラジオ番組の視聴者参加コーナーにテロ犯から一本の電話がかかってくる。綿密に計算されたテロ行為を、犯人と電話がつながった放送局のキャスターが実況中継報道していくというスリリングな設定のサスペンス映画です。不祥事のため左遷されていた野心家のキャスターは、この特ダネで一発逆転を狙いますが、時々刻々と状況が変化し、彼自身も追い詰められていく――このあたりの緊迫感は非常に見事です。

 韓国では2014年に「セウォル号事件」が起き、修学旅行中の高校生をはじめ多くの人が犠牲になりました。その際、救えたはずの命を救えないようすがテレビで続々放映され、国民がそれをリアルタイムで目撃してしまう事態が起きました。『テロ、ライブ』はその1年前の映画ですが、振り返ればまるでこの事件の予告のようだったとある作家が語っていました。

 犯人は、急速な経済成長の陰で犠牲になってきた人々の思いを背負って、国家へのテロを企てたという設定になっています。社会の不平等を見過ごすまいという倫理観は韓国の様々な文化の根底に存在する基調音です。新人監督に協力して名優ハ・ジョンウが見せた熱演も素晴らしい。


斎藤真理子(さいとう・まりこ)
1991-92年、延世大学語学堂に留学。編集者を経て、2015年パク・ミンギュ『カステラ』(ヒョン・ジェフンとの共訳 クレイン)で第一回日本翻訳大賞を受賞。そのほかの訳書に『こびとが打ち上げた小さなピンボール』(河出書房新社)ハン・ガン『誰でもない』ファン・ジョンウ『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』(亜紀書房)など多数。 twitter
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