ネパールから学ぶキッチンファーマシー
【世界の癒やし】

COLUMN | 2021.01.22

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風邪や腹痛、心身の疲労など、ちょっとした不調であれば、身近にある材料を用いて家庭で治すのが、ネパールの慣習。私たちの身近にある食材でもちょっとした不調を改善できるかも。ネパール流の家庭でできる予防医療を紹介する。
 
■なぜ、台所が病院になったのか?
 
インド発祥のアーユルヴェーダやチベット医学の影響を受けたネパールの健康の知恵。キッチンが"一番の病院"だといわれ、不調があれば台所にある食材や調味料で手当てが行われる。塩やスパイス、食用油など天然由来のものを使った手当ては身体への負担が少なく、またお財布にも優しい。不調を感じたらいつでもできる予防医学が各家庭に根付いている。
 
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市場には、スパイスや薬草専門店があり、材料を入手して自ら薬を調合する。

 
こうした文化の背景には、ネパールでは病院へ気軽に行くことが難しいという事情もある。ネパールは小さな国ながら地勢の変化に富んでおり、とくに中山間地域に住む人びとは村に病院がない限りはアクセスが困難だ。
 
首都カトマンズのある中部では、国の予算で大規模な医療センターが作られるなど医療資源が比較的豊富だが、一方の中西部や極西部では医師も病床も非常に少なく、乳児死亡率の高さや母子保護の支援不足、また医学教育の低さなど、全般的に医療が遅れている。先進医療にアクセスできない人が多いネパールでは、日頃からの予防医療がとても重要なのだ。
 
 
■呪術医の存在
 
ネパールには、各地域にダミ・ジャングリと呼ばれる呪術医がおり、今も国民からの人気が高い。太鼓をたたき、呪文を唱えながら患者の周りをぐるぐると回り、治療していくダミ・ジャングリ。ネパールでは悪霊によって病気が引き起こされると信じられてきた慣習があり、その悪霊を身体から引き離して霊をネパールの刀・ククリで切り、身を清めるのがその役目。確かに、結核や毒蛇に対する処置で治療が遅れた例もあるが、彼らは患者の話をじっくり聞き患者の心に寄り添う、身体的にも精神的にも不可欠な存在とされてきた。現金なしでも治療が受けられるということもあり、国民から頼られている。
 
まだまだ地方の医療は発展途上だが、1970年代以降は、国連人口基金やユニセフ、英国のセーブ・ザ・チルドレン・ファンドなどが呪術医に対して近代医学研修を実施し、治療技術も向上している。また、呪術医が手に負えない場合、患者に診療所を紹介するなどのよい動きも生まれている。
 
 
■家庭でできるネパール式ケア
 
さて、古くからの予防医学や呪術医の知恵がベースとなり人びとの健康を守っているネパールでは、ちょっとした不調も見逃さず、キッチンにあるもので即座に治していく。症状別にその知恵をいくつか紹介していこう。
 
 
1.腸トラブルには黒岩塩
 
ネパールでは、ギャスティックという腸トラブル(おならがよく出る、お腹が張る・痛む、食欲不振)が起こる人が多い。このとき、黒岩塩をお湯に溶かして飲む。ヒマラヤから採取したブラックソルトには、腸内ガスや胸焼け、消化不良を改善する効果がある。そのほかに、赤タマネギのみじん切りに塩をふりかけたものをスプーン2〜3杯食べるという方法も。赤タマネギは鉄分が豊富で下痢止めや肛門の締めをよくする作用があるとされている。
 

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ネパールの黒岩塩は高級品で、硫黄分が含まれている。
 
 
2.喉が痛いときはターメリック 

冬の乾燥が原因で起きやすい喉の不調は、塩とターメリックパウダーを少しずつ溶かした白湯や、クミンシードを煮出したもの、またはその両方を組み合わせたものなど、スパイス入りの白湯を飲む。ターメリックは、喉以外にも消化不良や鼻炎、皮膚疾患などにも効果があり、またクミンシードは消化促進や免疫機能などを改善する作用をもつ。ポイントは、口腔内に行き渡らせるように少しずつ飲むこと。

3.足腰の疲れに菜種油マッサージ 
 
農業や山間地域の移動など、重労働のあとには、キッチンの炭火のそばで、あたたまりながら足腰をオイルマッサージする慣習がある。使用するのは主に菜種油で、地方では各家庭で作っていることも多い。寒い時はオイルをつけた手を炭火にかざしながらマッサージすると温まって気持ちがよい。
 
また、ネパールでは産後の女性は2週間ほど、親しい女性から毎日オイルマッサージを受ける文化がある。その際は菜種油にメティ(別称フェヌグリーク)という種を数粒浸して熱し、人肌まで冷ましたものを使う。また、生後1カ月ほどの赤ちゃんにも、毎日母親が日光浴をしながらオイルマッサージを行う。頭から顔、足の先まで全身にすり込むように塗って行くのだが、このマッサージには母親と子供の絆を深める働きがあるとされている。
 
 
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ネパールではアーユルヴェーダ式のオイルマッサージを施術する施設が多くある。
 
 
3.髪の悩みにはヘンナ
 
髪にコシやツヤを与えたり、抜け毛やフケ防止したり、さらに白髪染めにも使えるのが、植物のヘンナの粉を水で溶いたペースト。髪や頭皮の悩みを解決してくれる万能薬だ。
 
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ヘンナの花。ヘンナは花や葉の香料を香水にするなど、コスメの用途は広く、また皮膚病予防にもなるため、皮膚の外用薬として使われる。

 
 
4.打ち身には塩湯
 
洗面器などにたっぷりとお湯をはり、塩を溶かして患部を浸すとよいとされる。余分な水分を吸収する塩の成分により、腫れを早く鎮め、足のむくみにも効果がある。怪我の直後ではなく、患部の熱が引いたころに行う。
 
 
5.産後の女性にはスパイススープ
 
疲れたときや、体力がなくなったときは、リラックス効果のある「アジョワン」を使ったスープがおすすめ。鍋でたっぷりのギー(溶かしバターから余分なものを取り除いたピュアオイル。バターでも代用可)を熱し、アジョワン、肉、卵などの具材を入れ、塩、コショウ、クミンシードで味を整えて完成。アジョワンは母乳の出をよくし、ネパールではこのスープは産後の女性などにとくに食べられる。食べ終わる頃には、全身がポカポカしてくる。
 
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アジョワンシードは、現地のスーパーなどで手に入る。(日本ではスパイス専門店などで売られている。)

 
キッチンにあるもので、体と心を整えるネパールの予防医療。家庭でも簡単にできる、自分なりのケアを身につけておきたいものだ。
 



 
監修=宮本ちか子
 
参考資料:「ネパールを知るための60章」(明石書店)日本ネパール協会・編
 
*この記事はTRANSIT43号ネパール特集「ネパールでココロ・カラダととのえ塾」内の企画を再編集したものです。
 
 
text=ANNA HASHIMOTO
 
 

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