東京2020オリパラの行方
社会、経済、スポーツ、医療の識者が語る
【51号 東京を時空旅行!】

Info | 2021.04.16

現在発売中の『TRANSIT51号 東京〜江戸から未来へ時空旅行!〜』では、ますます関心が高まっている東京オリンピック・パラリンピックの動向についても特集しています。
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一概に語ることの難しい問題だからこそ、社会学、経済、スポーツ、医療とさまざまな視点からみるべく、各分野の専門家に話を伺いました。
 
今回はその記事の内容をご紹介します。


 
緊急事態宣言が延長されても、オリパラ開催に向けてひた走るニッポン。
その決断がどう東京の運命を左右するのか、識者に語ってもらった。

 


【社会】 
オリパラのコンセプトを練り直す契機に

中島岳志

  

現在の状況のままオリンピック・パラリンピック開催となると、明らかにフェアではない大会になってしまいます。

 
新型コロナのワクチンの接種状況が国ごとに差があるので、それを理由に参加不可能な国が出てくるかもしれません。オリンピック憲章には「あらゆる世界が平等にスポ ーツに参加する」ことが謳われていることを考えれば、本来の理念とはズレが出てくる。

  
そんな大会で金メダルをとっても真の金メダルとみなされるのか? アスリートのみなさんがかわいそうですし、アスリートにとっても大きな意味があるとは思えません。

 
現実的には再延期すべきでしょう。それでも政府や主催者が開催を目指そうとするのはなぜか?

 
政府は大会後に衆議院議員総選挙を控えているから、なんとか大会を盛り上げて復興、コロナに勝った象徴として政権を維持したい。


経済界はインバウンド効果も含めて景気向上の気運を高めたい、IOCもIOCで中止となると経済的損失が大きい。

 
アスリートファーストといいながら、誰もアスリートのことを考えずエゴばかり出ている。「オリンピックをきっかけに 〇〇してやろう!」という人が多すぎるんです。

 
そういう意味でも、今一度、オリンピック・パラリンピックそのものを仕切り直すいい機会ではないでしょうか。それもなるべく早い段階で。


「開発のためのオリンピック・パラリンピック」という考え方はもう終わりだと思います。


コロナ禍の発生の根っこには環境問題もあります。

 
人間がアグレッシブに自然を開発した結果、 野生動物の多様性が失われ、そこに生息していたウイルスが人間に「引っ越した」側面がある。根本的に私たちは自然環境との関係性を考え直さないといけない。

 
開発主義のオリンピック・パラリンピックも、その問題の延長線上にあるといえます。ポストコロナのオリパラを考えるのであれば、コンセプトから練り直す必要がある。

 
今のようなドタバタの状態で中途半端に開催しても何のメッセージにもならない。イヤな「大人の事情」が記憶として残るだけです。


なかじま・たけし●東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。政治学者。近著に『学びのきほん自分ごとの政治学』(NHK出版)、土井善晴氏との共著『料理と利他』 (MSLive! Books)など


 
 

【経済】
中止による経済への影響は 軽微の可能性。打撃ある業種も

崔 真淑

 

経済効果という点でオリンピック・パラリンピックが中止となった場合、何が起こるか?
 
過去の開催国の研究を踏まえると、マクロ、つまり日本全体でみた場合、実は経済効果は開催 2 年前にピークを打つ傾向です。

理由はオリンピック・パラリンピックの経済効果はインフラ事業や建設業の占める割合が大きいから。道路や施設は完成していますからね。
  
なので、仮に大会が中止となっても短期的には、日本全体の経済への影響は軽微というのが私の予想です。
 
ただし、細かく業種別にみると話は変わります。

全体としては軽微でもサービス業、観光業などは、過去の研究でもオリンピック後に好影響が出る傾向が報告されています。

オリンピック・パラリンピックがインバウンド効果による知名度人気向上の機会になるわけです。
 
中止でそれが失われるのは痛い。無観客での開催も模索されていると思いますが、その場合はまだ未知数です。
 
ちなみに海外メディアが開催は難しいと報じた際も株式市場はほとんど反応しませんでした。投資家は、ある程度、中止を見込んでいるのかもしれません。
 
日本でもコロナ前は大会後の不動産市場の暴落などがささやかれましたが、すでに影響が出てしまった状態。不動産企業の株価、 不動産関係のREIT、証券商品の推移をみると、 ホテルやインバウンド関係は底をついていると考えられます。こちらもすでに中止を見込んでいるのでしょう。
 
その意味では中止が決定しても一瞬何かの影響が出る程度かもしれません。もちろん、あくまで経済面の話なので、選手の無念さを考えると心が痛みますが......。
 
むしろ経済面で今、考えるべきはコロナ後。日本にプラスな面で考えれば、現在の香港の状況を鑑みて、金融シティの機能を東京に移したいという動きがみられます。
 
日本はこのチャンスを活かしたい。そのためにもオリンピックをめぐる問題で露呈したジェンダー・ギャップなど、国際的影響がありそうな諸問題を、日本と東京のブランド価値が通じるうちになんとかしてほしいですね。


さい・ ますみ ●1983年生まれ。エコノミスト。 大和証券SMBC金融証券研究所(現・大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わったのち、2012年に独立。各種メディアで経済学を軸にニュース・資本市場解説などを行う。


 


 
【スポーツ】
アスリートが望む「名誉」と、問われる自らの存在意義

為末 大


 
アスリートがオリンピック・パラリンピックを目指す一番の理由は、圧倒的な大会の知名度と関心の高さによって得られる「名誉」です。
 
純粋な世界ランキングが欲しいという選手は実は少ない。レベルだけならほとんどの競技に同等の世界大会がありますからね。野球・サッカー・ゴルフ・テニスといったプロスポーツが発達している競技でオリンピックの位置づけが低いのは、 その象徴。
 
ただ、陸上・水泳・体操・レスリング・ 重量挙げといった、いわゆる「オリンピック・モデル」ともいうべき競技は、名誉・賞賛・人を喜ばせられる感触を得られる貴重な機会。
 
そういった競技の選手にとって中止は痛恨でしょう。次のオリンピック・パラリンピックは早くて 3 年後。引退せざるを得ない選手も多いでしょうから。
 
それもあって国内海外問わず、開催を望む声は一定数あります。東京大会が中止になると次の冬季大会にも響くことが影響しているのでしょう。
 
個人的にも競技とアスリートのことを考えれば新型コロナの感染状況が劇的に改善して開催できることを願います。季節が変わり、北半球の気温が上がれば感染状況も変わるかもしれませんし。
 
ただ、状況が改善しても世論がオリンピック・パラリンピックを望まない、目指すこと自体が非難されるような状況だと、「名誉」がモチベーションである分、選手が大会を目指す意味を失うかもしれない。
 
このあたりの感覚は、たとえばコロナ禍でミュージシャンがおかれている状況に似ている気がします。
 
私もコロナ禍に直面して「なぜスポーツをするのか?」と自問自答しました。
 東日本大震災のとき以来、人生で2度目です。オリンピック・パラリンピックを目指す現役選手も、夢と現実の狭間で苦しい思いをしているかもしれません。
 
ただ、それはアスリートとしての自分の役割を考えることにもつながる。この問いに答えを出すのに負荷はかかりますが学びは深い。開催の有無とは関係なく、そこは存在意義を考えるよい機会になってほしいです。


ためすえ・だい● 1978 年生まれ。元陸上選手で現在は執筆活動、会社経営者など幅広く活動。男子400mハードル日本記録保持者であり、シドニー、アテネ、北京と3大会連続でオリンピックに出場。

 


 
【医療】
開催によるリスクは否めない。国の信頼が崩れる可能性も

村中璃子

 

「密集・密接・密閉」3密を避けることが難しい集会やイベントの中止は、ワクチン以外の代表的かつ有効な新型コロナウイルス感染の予防手段です。
 人は誰でもウイルスの運び屋であり、人と共にウイルスは広がっていくからです。
 
なかでもオリンピック・パラリンピックは、世界中からたくさんの人が集まり、帰っていくイベントです。当然、世界中からウイルスを集め、世界中に拡散するリスクを伴います。
  
日本はもちろんのこと世界中では、集団免疫を得るためにワクチンの接種が急がれています。しかし、オリパラ開催までに世界中の全員がワクチンを接種する可能性はゼロです。

選手や関係者にワクチンを接種し、検査を徹底したうえで無観客といった方法も検討されているようですが 、 日本人全員がワクチンを接種し終わるのもまだまだ先です。
 
とくにいま世界的に懸念されているのは、ワクチンの効かない「変異株」の出現です。
 
そんななか、東京オリンピックを機に新たな変異種が生まれて世界へと拡散すれば、「ウイルスに打ち勝っ た証」として開催されるはずだった東京五輪は、「パンデミックを悪化させたイベント」として世界の歴史に刻まれることにもなりかねません。
 
関連団体への賠償などの問題もあるのかもしれませんが、リスクを知りながらもオリンピックを開催すれば、日本という国の信頼も失いかねないのです。
 
もし、「平和の祭典」というオリンピックの理念が、人びとの健康や命の安全を含む広い意味での平和を願うものと考えるのであれば、開催国の日本は、国際社会の一員として責任ある態度をとる必要があります。
 
たとえば、「開催しなかった」ことが平和への貢献の証として歴史に刻まれるオリンピックにはできないのでしょうか。
 
「世界的危機においては、開催国は開催しなかっ た際の賠償を免除される」といった前例を示すことはできないのでしょうか。科学立国としての責任と信頼、外交力が問われています。

 
むらなか・りこ●医師・ジャーナリスト。世界保健機関(WHO) 西太平洋地域事務局勤務を経て、現役医師として活動しながら執筆活動も行う。近著に『新型コロナから見えた日本の弱点国防としての感染症』(光文社新書)。

 



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『TRANSIT51号 東京』はこのほかにも東京の歴史・現在・未来について深く知る企画が詰まっています。時代に想いを馳せて、多層な東京の街を散策してみませんか?
 
text=KENICHIRO TAZAWA
 
 
 

お詫びと訂正