昭和を感じる東京散歩
戦後からオリンピックまでの復興の道
【51号 東京を時空旅行!】

COLUMN | 2021.04.28

1926年から1989年まで、60年以上続いた昭和時代。第二次世界大戦を経て、好景気に湧いた高度経済成長期、1964年のオリンピック、そしてバブル経済期。社会が変動するなか、多くの人が東京に流れ込み、新しいインフラや施設、そして文化を作り上げた。エネルギッシュな昭和時代の面影を求めて、東京の街に出た。
 
 
まずは朝の散歩がてら、代々木公園へ。渋谷がすぐ近くにあることを忘れてしまうような静けさだ。かつて渋谷周辺のこの一帯、およそ100万平米が、駐留していた米軍の家族用宿舎「ワシントンハイツ」だったことは、意外と知られていない。1964年のオリンピック開催が決定したあと、撤去されたのだ。
  
1964年の東京オリンピック前に建てられた〈国立代々木競技場 第一体育館〉は、建築家・丹下健三の設計。優美な曲線を描いたフォルムの美しさは健在だ。オリンピックは会場が東京に決定してから、たった5年の準備期間をもって開催された。競技場の工期はわずか500日間で、寝る暇もなく働いた人びとによって出来上がった。
  
  
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©️Katsumi Omori
国立代々木競技場 第一体育館

 
 
〈国立代々木競技場 第一体育館〉
東京都渋谷区神南2-1-1

 
 
 
次は映画を見るために、飯田橋へ。1974年開業の〈名画座ギンレイホール〉は、2本立てで上映する「名画座」スタイルをとっていて、ロードショーを終えた上質な作品が楽しめる。神楽坂周辺には、かつて多くの名画座・映画館があったが、今残っているのはここのみ。
 
ちなみにギンレイホールは、原田マハの小説であり、この2021年夏に公開予定の『キネマの神様』(山田洋次監督)の舞台になっている。まだ家庭にテレビが普及していなかった昭和時代半ばまでは、「娯楽=映画」だったのだ。
 
 
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©︎hiroaki maeda
名画座ギンレイホール

 
 
〈名画座ギンレイホール〉
東京都新宿区神楽坂2-19

 
 
 
昼食をとろうと向かったのが、両国の〈下総屋食堂〉。ここは戦後の残り香が漂う、東京都指定の「民生食堂」だ。戦時中、米の配給制と同様、食堂の利用も登録制だったため、単身赴任者など外食で暮らす人びとは「外食券」を交付してもらう必要があった。
 
1951年に外食券が廃止されてからは、東京都が1日3食を外食する人の食生活の安定を目的として、メニューの販売価格を指定した「民生食堂」が生まれた。下総屋食堂は1932年から営業している。サバの味噌煮や卵焼き、ほうれん草の和え物......滋味に富んだ女将さんの手料理をいただく。
 
お腹が満たされたところで、上野公園へ。1949年に東京藝術大学が開校してから、上野には1959年に〈国立西洋美術館〉、1961年に〈東京文化会館〉がオープンして、文化的なエリアが形成された。
 
 
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©️Tina Ivano
国立西洋美術館

 
 
1972年(昭和47年)、日中国交回復を記念して〈上野動物園〉にジャイアントパンダが来園すると観光客が殺到。また、1964年に西洋美術館にパリのルーヴル美術館からミロのヴィーナスが展示されたときは公園下までつづく長蛇の列ができたのだとか。昭和時代も今と変わらず、多くの老若男女がここで週末を過ごしている。
 
 
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©️Wei-Te Wong
上野動物園

 
 
〈国立西洋美術館〉
東京都台東区上野公園7-7
*現在全館休館中。詳しくはWEBページなどをご確認ください。
 
〈上野動物園〉
東京都台東区上野公園9-83
*現在休園中。詳しくはWEBページなどをご確認ください。

 
  
  
次は、"昭和のビジネスマンの聖地"へ向かう。いや、今も新橋のビジネスマンを癒やしつづけている〈ニュー新橋ビル〉だ。格子状の不思議な外観、そして中には、レトロな煉瓦造りの階段がある。
  
純喫茶、金券ショップ、マッサージ店など個人店が雑多に並んだカオスな世界。洋食屋、中華レストラン、生ジューススタンドでエネルギーチャージするサラリーマンの姿が行き交う。1971年(昭和46年)の開店以来ずっと靴磨きをするおばあちゃんの姿もある。戦災者救済の目的があった路上商売も、今は新規の許可は降りないそうだ。2022年にはビルの耐震性の問題と駅前再開発で取り壊される予定。また一つ、昭和の景色が消えていく。
  
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©️Katsumi Omori
ニュー新橋ビル

 
 
〈ニュー新橋ビル〉
東京都港区新橋2-16-1
*営業時間は店舗により異なります。

 
 
 
さて、今度は歩いて銀座へ。1934年(昭和9年)に開店した〈ビヤホールライオン 銀座七丁目店〉で、駆けつけ一杯。ここは終戦直後に接収され、昭和26年まで進駐軍専用のビヤホールだった。もとは、大日本麦酒株式会社(サッポルビールやアサヒビールの前身)の本社として建設されたもので、設計は建築家の菅原栄蔵。アールデコ風の内装に、ガラスのモザイク画、古代ギリシャ風の大壁画が飾られているが、この内装もオープン当時のまま。昭和初期のモダンな東京を味わいながら飲む一杯は格別だ。
  
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©️Katsumi Omori
ビヤホールライオン 銀座七丁目店

 
 
〈ビヤホールライオン 銀座七丁目店〉
東京都中央区銀座7-9-20 銀座ライオンビル1F
*営業時間はこちらよりご確認ください。

 
 
 
最後に、夜の東京を眺めに〈東京タワー〉へ上る。高さ333m、ワイヤーなどの支えなしに建っている鉄塔(ビルは除く)のなかでは、世界一の高さを誇る。建築構造学者の内藤多仲により設計され、1958年に開業した。東京タワーは設計にわずか3カ月、建設期間は1年半しか要しておらず、しかも工事は職人の手作業がほとんどという。ちなみに、朝鮮戦争で痛んだ米軍の戦車などが鋼材として使われている。東京タワーはそうした時代背景の上にそびえ立っている。
  
 
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©️Katsumi Omori
東京タワー

 
 
〈東京タワー〉
東京都港区芝公園4-2-8
*営業時間はこちらよりご確認ください。

 
 
激動の昭和時代のはじまりから、もうすぐ100年が経とうとしている。昭和のエネルギーを感じながら、東京の街を歩いてみるのも良いだろう。

東京についてさらに知りたくなったら、TRANSIT東京号も合わせてどうぞ。

text=Anna Hashimoto 
 
 
▼今回紹介したスポットをマップにまとめました。

 
 
 
*施設の営業日や営業時間は、HPをご覧いただくなどして各自ご確認ください。


 
  

お詫びと訂正