京都ってなんだ? ー人物編ー
京都らしさをつくった8人
【52号 小さな京都の物語を旅して】

Info | 2021.06.30

歴史も、住まう人も、店も、知れば知るほど奥深い京都。
現在発売中のTRANSIT52号「京都特集」は、そんな深淵なる京都の輪郭を掴むための読み物企画が盛り沢山です。
 
今回はその中から、「人物」という切り口から、現在の京都をかたちづくった偉人についてまとめたページをご紹介します。

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時代ごとに、京都の街や文化に影響を与えてきた人物たち。
古墳時代から明治時代まで、文化、政治、経済など さまざまな分野から、今は雲の上から京都を見守っているであろう偉人たちを集めました。


秦 河勝 (6C末-7C初) [古墳~飛鳥時代]
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織物も、酒も、工芸も
京文化をつくった渡来人



聖徳太子の寵臣で、財政、軍事、文化、宗教政策リーダーなどを支えた秦氏の首長。彼の先祖が開拓し、養蚕や機織、工芸、酒造などで繁栄の礎を築いた山背国を本拠地とし、国宝第一号・宝冠弥勒半跏思惟像を安置するために蜂岡寺(広隆寺)を建立。平安京内裏の右近の橘は、河勝公の邸にあったという記述がある。能楽書には「申楽の祖」とあり、 芸能の神として崇敬されてきた。


桓武天皇 (737-806) [平安時代]
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京都はここに決めた!
「平安京」都市計画の責任者


一度は平城京から長岡京に遷都したものの、衣服の襟のような山に取り囲まれ、河川が帯のように巡って流れる「山河襟帯」の平安京の地形に可能性を感じ、二度目の遷都を英断。和気清麻呂など優秀な側近にも恵まれた。桓武天皇の都市計画は、縁起の悪い方角に神社仏閣を設けるなど、陰陽道や神道、密教によって結界を張るように構成されており、このかたちが京都の基盤をつくった。


有智子内親王 (807-847) [平安時代]
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紫式部もインスパイアされた?
女流文学を育んだリーダー


嵯峨天皇の皇女で、平安初期の女流漢詩人。賀茂社の初代斎院として斎院御所に常住していた。詩作が称賛されて詩会などを開く資金の支給を受け、斎院は平安中期には一大文化サロンへと進化。往時の大斎院・選子内親王が中宮彰子に物語を依頼し、その女房だった紫式部が『源氏物語』 を書いたという説もある。紫式部や清少納言などに影響を与え、女流文学者を育んだ斎院の祖だ。


安倍晴明 (921-1005) [平安時代]
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ゲン担ぎのルーツ?
京の生活習慣をつくったカリスマ


日本の自然科学である陰陽道と天文道を大成した鬼才で、藤原氏に重用された。平安時代、華やかな京都の貴族文化の裏には、怨霊や鬼、疫病の魔物など人間と「魔」が同居する精神世界が広がっていたが、陰陽道の普及により禁忌に従う日本古来の生活スタイルが誕生。引越しの方角や髪や爪を切る時間帯を気にするなど、ゲン担ぎの文化は京都を中心に現代にも残っている。


一休宗純 (1394-1481) [室町時代]
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風狂さがかっこいい!
室町時代のインフルエンサー


「一休さん」のモデルとされる臨済宗の僧侶。徹底した禅の精神により、茶人や歌人など時代を代表する京都の文化人や、将軍足利義政を中心に栄えた東山文化に影響を与えた。男色、女犯、飲酒、肉食など仏教の戒律を破る破天荒な生き様が伝えられているが、当時の仏教や幕府を批判するためのもののよう。戒律にとらわれない自由な生き方や風狂さがなおさら人気を集めた。


円山応挙 (1733-1795) [江戸時代]

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ファッションにも影響
系譜を切り拓いた天才絵師

 
江戸時代にダントツの人気を誇った写生派の絵師で、子犬などの動物や、龍や幽霊など架空の生物のモチーフが有名。それまでは幕府に仕える御用絵師が主流だったが、京都の街中で友禅染の下絵や襖絵なども描き、「円山派」といわれる日本画の新しい系譜を開拓した。円山応挙の絵は現在も着物や和装小物、アパレルに展開されるなど、京都人の美意識に影響を与えつづけている。


岩倉 具視 (1825-1883) [江戸~明治時代]
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広い世界を見て
京都の歴史を守った政治家


京都生まれの下級公家であり、明治維新の王政復古に力を注いだ政治家。「岩倉使節団」として欧米諸国を巡るうちにカルチャーショックを受けて帰国。鉄道事業など文明開化を推し進めつつ、一 方で外国を見たからこそ気がついた自国の素晴らしさを守ろうと奔走。明治維新後、京都の衰退に危機感を募らせ、京都御所の保全や葵祭の復興など、京都文化の継承に尽力した。


山本覚馬 (1828 - 1892) [江戸~明治時代]
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京都の政治・経済を指導
街の基盤を支えた立役者


会津藩出身だが、京都の政界や経済界に多大な影響を与え、京都の近代化を進めた政治家。初代京都府顧問として知事に寄り添って京都府政を指導し、またキリスト教系の同志社英学校(現同志社大学)の創設にも貢献した。経済面では、京 都商工会議所の第二代会長を務め、日本で最初の博覧会となった京都博覧会を支援し、その際に日本初の英文案内記を記した。


監修=丘 眞奈美(おか・まなみ)●京都市生まれ。 京都ジャーナリズム歴史文化研究所代表、歴史作家、放送作家として活動するほか、京都遺産選定委員、京都市観光おもてなし大使なども務める。近著に『松尾大社 神秘と伝承』(淡交社)。


illustration=SEIJI TAKEZOE
text=ANNA HASHIMOTO

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「TRANSIT52号 小さな京都の物語を旅して」は、日本が世界に誇る「京都」について深く知ることができます。伝統と新しさ、独自の文化が育まれた京都に想いを馳せて、旅してみてはいかがでしょうか。


お詫びと訂正