▶︎インタビュー
「外から見る京都、内から見る京都」
稲岡亜里子さん×ウスビ・サコさん×林編集長
【52号 小さな京都の物語を旅して】

Info | 2021.07.11

TRANSIT京都号の発売に合わせて行ったオンラインイベント「京に暮せば〜外から見る京都、内から見る京都〜」。
 
京都生まれの写真家・稲岡亜里子さんと、マリ出身で京都精華大学学長を務めるウスビ・サコさんのお二人とTRANSIT編集長の林 紗代香で鼎談しました。


その模様を一部編集してお届けします!
 
 
210707_01_taidana.jpg

  
稲岡亜里子さんは、京都で550年営む蕎麦と蕎麦菓子の店〈本家尾張屋〉の16代目当主でありながら、アメリカの高校・大学を卒業後には世界各国を旅し、写真集を制作したり海外での展示なども行ってきた写真家さんです。
 
TRANSIT52号の「創業550年、京を彩る尾張屋の日常」企画では17ページにわたって尾張屋を取材。家業について、これからの京都について書いていただきました。
 
210707_03_尾張屋.jpg

 
一方、ウスビ・サコさんは、マリの高校を卒業後に中国の北京語言大学や南京東南大学などを経て、京都大学で建築を学び、現在は京都精華大学の学長を務めていらっしゃいます。
 
TRANSIT52号の「"よそさん"が京都で暮らすには?」企画では、サコさんに寄稿いただき、京都出身者でない人たちが京都で暮らしていく際のアドバイスが語られています。
 
210707_02_よそさん .jpg


境遇や立場は異なりますが、京都を内からも外からも見ているお二人に、改めて伝えたい、ユニークな京都の魅力、変えていきたいこと、変わらないでほしいことなどの視点からお話いただきました。




京都と出会う


TRANSIT編集部(以下「T」):今日は「外から見る京都、中から見る京都」というテーマで、お話いただこうと思っています。まずサコさんは、どんな経緯で京都と出会ったのでしょうか?
   
サコ:1990年の夏に、初めて日本に来ました。日本の近代建築を見るために、東京や大阪を回ったあと、京都へ行ったんですが、それがちょうど祇園祭の巡行の日でした。時が止まっているようでびっくりしました。京都の人たちは毎日こんなことをやっているのかと。タイムスリップしたような感覚になった。それがずっと印象に残っていた。
  
T:京都で生まれた稲岡さんは、当たり前のように町家があったりお寺があったりという場所で育ったわけですよね?
 
稲岡:たしかにこの場所で育ったら、お寺とか町家とか、京都の美しさというのは当たり前になってしまいますね。それよりも、「(京都は)狭いな」とか、見たことない世界を見てみたい気持ちが強かった。離れないとわからないことがありますよね。京都のいいところも、どうして京都から出たかったのかという部分も、一回出たからわかりました。
 
T:サコさんは京都に来られてもう30年経ったわけですけれども、最初に想像していたイメージと、今ではだいぶ変わってきましたか?
 
サコ:京都は変わる部分と変わらない部分があるんですよね。表面的に見ると、すごく変化が激しいと思われがちなんだけど、やっぱり京都の人たちから見ると、あんまり変わってない。建物がなくなっていったり、街の風景が変わることもある。ただ、やっぱり守るべきところというのを、京都の人たちはもっているような気がします。



京都はすごく大きな村

 
T:そもそも日本という知らない国で、大変なことはなかったですか。
 
サコ:どこまで本当のことを言ってくれてるのか、分からないことがありました。「いつでも遊びにおいで」って言われたから行ったら、本当に来ちゃった、みたいな。どこまで信じていいのか、曖昧なんですよ。それは京都というより、日本特有なのかもしれないけど。
 
T:日本には「空気を読む」という言葉があるように、わかりづらいと言われることが多いと思います。稲岡さんは京都で生まれ育って、アメリカで高校、大学と過ごされて、違和感を感じたりしました?
 
稲岡:英語ってすごいダイレクトじゃないですか。私はああしたい、こうしたいって。はじめは驚きましたけど、間違った意見を言ってしまっても、恥ずかしがらなくていい雰囲気だったので、居心地がよかった。いろんな国に住んで、日本のよさもわかるようになりました。相手にスペースをあげる優しさ、気遣いだったり、敬意だったり。
 
210707_04よそさん.jpg

T:サコさんは、どうやって挨拶だったり、しきたりだったり、生活コードの部分を習得していったんですか?
 
サコ:失敗から学ぶことが多いです。京都の人は相手に気を使うからこそ、ストレートな言い方をしない。私はそれをうまく汲み取れなかったりした。でもそれが心地よいと感じるときもあるんですよ。ストレートにコミュニケーションしていると、傷つくこともあるから。もっと違う言い方なかったのかなって思うこともある。でも京都は、「違う言い方」しかないから(笑)。そういう意味で、言葉の選択肢が増えました。京都的に曖昧に言う場合もあるし、これは真っ直ぐ言ったほうがいいかな、とか。
  
稲岡:きっと私もそこは勉強中で、難しさを感じているから、腹割って話せるのは、実は京都の外から来た人たちだったりする。今そういう人たちが増えているじゃないですか。外から来た人も今の京都を作っていて、何か新しいことが生まれている感じがする。一昔前は、ほとんど京都人しかいなかったから、どこ行っても知っている人がいる。そうすると、外で好き勝手に騒いでいたら、知り合いに見られていたりとか、京都はそんなことばっかりです。
 
サコ:今でも京都は村社会で、共同体の色がすごく濃い場所だと思う。そこまで見られていたら自分もきちっとせなあかん、と。都市であり都市ではない。京都はすごく大きな村ですね。 


T:京都に暮らしていて外国の人だからということで住みづらかったりとか苦い経験というのはあるんですか
 
サコ:京都人って、外国人と学生に優しいんですよ。今でも町家に入って行くと、「ここは何百年前からあって、その時代はこれがすごい貴重だったんだ」とか、めちゃくちゃ自慢したがる(笑)。外国人は一時滞在者って思われている部分があるんですよね。だから京都のいろんなよさを吸収して帰ってほしいと。
 

稲岡:昔は外国の血が入っていると家に入れなかったりとかあったみたいですけど、今はすごいスピードで国際化したような気がする。先ほどおっしゃっていた通り、外の人は好きですよね。
  
サコ:一時滞在の人は生活コードをシェアする必要がないですからね。でも結婚するような場合は、深く入っていくから、どこまで我々のコードをシェアできるのか、みたいな心配はあるんでしょう。京都のそういうコード、目に見えない人のつながりっていうのは、論理的な構造ではないんですよ。身を置いていろいろと失敗してはじめて見えてくるんです。
  


歴史につながれて生きている


T:お二人が思う、京都が世界の他の都市とどう違うところは何ですか?サコさんは中国に住まわれたことや、フランスやアメリカもご存知かと思うのですが。
  
サコ:京都の人たちは、大切にしているものがある。十何代も続いている職業や店が今でもあるのって、 京都ぐらいかなと思うんですよ。しかも、言葉は悪いけど、いわゆる「国際化」せずに、京都の人たちの力で維持しているというのがすごい。たとえばイタリアでもフランスでも、ブランドって外の人によって維持されているわけでしょ。外国の観光客、日本人とか中国人とかによって維持されているところがある。でも京都の場合はお互いがお互いのお客さんでもあるんです。支えあっている。それが京都の街をすごく独特な雰囲気にしている。
 
T:今回の取材でも、職人の方々が皆さんおっしゃられていたのは、「広く人気になったら嬉しいとは思うけど、京都の師匠からの厳しい目だったり、地元の人からの厳しい目があるからこそ、いいものを作らなくてはいけない」と。それが京都のクオリティを受け継いでいるものだなと思いましたね。
  
稲岡:やっぱり地元のお客さんが一番大切で、地元の方に「今日ちょっとお出汁が」なんて言われたら、みんなシャキッとします。そうやって日々食べてくれている方々の言葉が、私たちにとって宝でもある。私の父の時代に、高島屋で出店を頼まれたことがあったのですが、普段使っている井戸水がないと作れないと言ったら、7Fまで水を引いてくれたことがありました。水に対するこだわりがすごいんですよね。
  
サコ:クオリティを維持しようと努めるのは、お客さんに対するリスペクトがあるから。何代も同じ場所で卸して、作り方を変えない。変えてしまったら、どこかの世間話で、「三代目のときの味がよかったね」とか言われちゃう。先代に対するリスペクトもあるから、変に私流にするとかはしない。どうしても私流にしたいときは別の店を立てるんです。だからこれまでのお客さんが離れない。

210707_05尾張屋.jpg
  
稲岡:関わってくださっている業者さんの方々も、何代も超えてつながっているんですよ。そこのつながりと一緒に生きているという意識がすごくある。私が従業員の方に言われたことで、すごく感動したことがあります。あるお菓子の入れ物として、ずっと缶を使っていたんですね。でも缶はゴミ処理が大変だし、時代に合わせて、箱に変えようっていう提案をした。そしたら従業員の方が、「缶を作ってくださってる缶屋さんは大丈夫なんですか?ちゃんと確認をしてくださいね」と。これまで長い間作ってくださっていて、その「おかげさま」があるわけだから、それをもし止めるんだったら、ほかに缶の商品を作るとか、ちゃんと考えましょうと。それを聞いたとき、京都ってすごいと思いました。自分だけがよければいいんじゃなくて、自然とみんながつながっていて、考えながら仕事をしているんだと。
 

サコ:守るべき京都というのを、みんなが共有しているんですよね。
  
T:それはやっぱりほかの都市にはないですかね?
  
サコ:やっぱり合理的になっていくんじゃないですかね。
  
稲岡:深い長い歴史があって、そこに繋がりながら商売させていただいている。私たちが生きている時間の枠外の大きなところで、「おかげ」とか「させていただいている」感覚はみんなありますよね。その辺を知らないと、京都は一見さんお断りの店もあったり、中の人との絆の強さゆえに、排他的に見えてしまうこともあるのかもしれません。


京都の未来を考える


T:二つ目の質問ですけども、コロナ禍で気づいた京都のよさ、あるいは改善すべきだと思うところは?
 
稲岡:商売しているものとしては、コロナ前の京都は、これからどうなってしまうんだろうと正直思ってました。小さな村社会だった京都に、外のエネルギーが入ってきて、面白い新しい京都が生まれはじめていた。でも、そのスピードにちゃんと対応できてなかったと思うんですよ。丁寧に接客したいけど、それができない。来る人が増えて、お客さんを待たせて、地元の人に来てもらえなくなったりとか。だからコロナが収束した後にどういう風な京都を作っていくのかっていうのは、すごく大きな課題ではあると思うんですよね。本当はもう少しちゃんと繋がって、京都を守っていくかたちっていうのも考えていくときだなと。
 
T:もちろん苦労されている方も多いとは思いますが、これが京都の未来を考えるきっかけになるといいですね。
 
サコ:観光客が増えると感覚が麻痺してくるんですよ。大切にすべきお客さんとそうでないお客さんが混ざってしまう。当然来る人にはサービスしたいけど、一見さんお断りのよさだったり、ちゃんと理解してくれる人にものを提供するとか。大衆化すべきものと、そうでないものを、ちゃんと区別しなきゃいけない。それが京都のよさを維持していく手段かなと思いますね。


これから挑戦していきたいこと
 
T:これが最後の質問になるんですけど、これからサコ学長が、学長として、個人として挑戦していきたいことはありますでしょうか?
 
サコ:京都を見ていてもったいないなと思うのは、多様化する条件が揃っている場所だと思うんですよね。学びにきたり、働きにきたり、毎年新しい人たちが入ってくる。それぞれが自分の世界をもっている。もっと混ざるような場所が増えたらいいなと思うんです。限定した人たちではよく集まるんですけど、誰でもOKでふらっと参加できるようなオープンの集まりがないので、そういう機会を増やしていく方法を考えたい。
 
稲岡:それは私も感じていて、京都は狭い社会だけど、意外と繋がってなかったりする。これからのことを考えたら、若い人と繋がっていきたいなって思うんだけど、出会う場所がない。そういう機会を増やすことで、新しい文化が生まれ、なにかまた違う魅力につながっていくと思っています。
 

T:稲岡さん、これから挑戦したいことはありますか?

 
稲岡:コロナを通して、新しく目標としてできたのは、蕎麦を、世界の人にもっと食べてもらいたいということ。だって日本人はみんなパスタ食べるじゃないですか。蕎麦は体にもいいし、冷たい蕎麦なら、伸びてしまう心配もないし、食べやすいと思うんです。
あとは京都だったり、自分の家に、宝が沢山あるのに、これまでそれが当たり前すぎて、自分でちゃんと見つめる時間がありませんでした。だからそれを学んで、大切にしていきたい。
 
サコ:やりたいことがたくさんですね(笑)。
 
稲岡:今回のコロナは、老舗だから大丈夫ということではなかった。500年の歴史があっても、お客さんに来ていただけなかったら守れない。そして、お客さんに来てもらえなくなることが、またあり得ることなので、それも踏まえて何かできることはないか考えたいです。
 
サコ:大学も学生ありきですから。オンラインで授業しても、目の前に生徒がいないからフラストレーションを抱える先生も多かった。お互いに必要だったんだよね。コロナで気づいた一番大きなことは、人の大切さですよね。お客さんが来てはじめてお店が成り立つとか、学生がいてはじめて学校が成り立つとか。家族もそうですよね。じっくり家族と一緒に過ごす時間が増えることによって、家族の大切さも感じますよね。
 
T:今日はお忙しいなかお越しいただきありがとうございました。



ウスビ ・サコ●マリ出身。京都精華大学学長。北京語言大学等をへて、京都大学大学院国学研究科建築学専攻博士課程修了。専門はコミュニティ論と建築計画。著書に『アフリカ人学長、京都修行中』ほか。京都在住歴30年。
 
稲岡亜里子(いなおか・ありこ)●京都生まれ。16歳でアメリカ・サンディエゴの高校に留学。ニューヨークの美術大学パーソンズスクール写真科卒業。ニューヨークと東京を拠点に世界を飛びまわる写真家として活動。2013年に家業である創業550年余の蕎麦と蕎麦菓子屋〈本家尾張屋〉を後継。現在は老舗の当主と写真家として、京都に暮らす。

お詫びと訂正